【PR記事】この一文、なぜか引っかかる――文章の違和感を分解する三冊の辞典の話

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誰向けの記事なのか

文章を書いていると、ある段階で手が止まります。

単語は合っていますし、意味も通っています。

それでも、何かが引っかかる感覚が残ります。

「この一文、なんか違うな」と思いながら読み返しても、どこが悪いのか言語化できないまま、時間だけが過ぎていきます。

語彙を増やす段階ではなくなっているのに、何を直せばいいのか分からない状態です。

こういう状態に入ったことがある人に向けて書いています。

僕自身、小説を書いている中でこの状態に何度も入ってきましたし、特に推敲の段階になると顕著に現れます。

単語を変えても改善しない。

類語に置き換えても解決しない。

そのときに残っているのは、接続の問題です。

助詞の置き方、文型の選び方、助動詞の使い方が噛み合っていないと、文章は一気に鈍くなります。

国語辞典や類語辞典では届かない領域に入っていて、その先に進むための道具として使っているのが、今回紹介する三冊です。

違和感の正体

推敲の中で、一文だけ違和感を覚えることがあります。

例として、自作「三が日が過ぎて」の冒頭を出します。

「どうして年賀状を?」
 早川楓の疑問が、大学の冬休みが終わりへと近づく週末に、白い息と共に人混みへとようやく流れた。

意味は通っています。

それでも、何か引っかかります。

「疑問が」のところに違和感を覚えました。

この文では「疑問」はすでに台詞で提示されています。受ける形になるので、「は」の方が流れが整います。

「疑問は」に変えます。

「どうして年賀状を?」
 早川楓の疑問は、大学の冬休みが終わりへと近づく週末に、白い息と共に人混みへとようやく流れた。

一文字しか変えていませんが、良くなったと思います。

こういう修正が、推敲の中で繰り返し出てきます。

タイトルでも同じことが起きます。

「会話だけの初稿で、どこで描写を入れるのか」と書いたあとに違和感が残り、「どこに描写を入れるのか」に修正しました。

「どこで」は行為が起きる場所や状況を指し、「どこに」は位置を指します。

ここで扱っているのは挿入位置なので、「どこに」の方が文の焦点に合います。

どちらも意味は通ります。

それでも、読み返すとズレが残ります。

単語を変えても改善しません。

言い換えても違和感は消えません。

どこが悪いのか分からないまま、一文だけが浮きます。

問題は単語ではありません。

繋ぎにあります。

助詞の置き方、文型の選び方、助動詞の使い方。

ここが噛み合っていないと、文章は崩れます。

このズレを分解するために使っているのが、日本語文型辞典、てにをは辞典、助詞・助動詞の辞典です。

国語辞典では届かないところ

最初は国語辞典を引きます。

単語の意味を確認すれば直ると思うからです。

今回のような修正は、国語辞典では扱えません。

「疑問が」と「疑問は」は、どちらも正しい日本語で、意味も説明できます。

「どちらがこの文に合うか」は載っていません。

「どこで」と「どこに」も同じです。

それぞれの意味は分かります。

文章の中でのズレは説明されません。

僕も最初はここで止まっていました。

意味は分かるのに、選べない状態です。

国語辞典は単語を扱う辞書であって、単語同士の接続までは扱いません。

違和感の原因が単語にない場合、いくら引いても解決しません。

問題は単語ではなく、繋ぎにあります。

僕はこの段階まで、国語辞典や類語辞典を使って文章を書いていました。

単語の意味やニュアンスを整える段階では、それで十分に機能します。

実際にその使い方については別の記事でまとめています。

今回のように「どちらも正しいのに選べない」という状態になると、そこでは解決しません。

語彙ではなく、繋ぎや構造の問題に入っているからです。

日本語文型辞典とは何か

日本語文型辞典は、文の骨組みを確認するために使っています。

単語を置き換える段階ではなく、文自体を作り直すときに開く辞典です。

「〜ように」「〜ために」「〜ことになる」といった文型ごとに、意味と使い方が整理されています。

はじめにでは、この辞典が文型を単なる形としてではなく、意味や機能、用法を含めたものとして捉え、場面や文脈の中でどのように使われるかが分かるように記述されていると説明されています。

実際に引いてみると、「この形はこういう意味です」という説明だけではなく、「どういう条件で使うと自然か」まで整理されています。

似ている表現が横並びになっているため、違いが見えやすいです。

僕がよく引くのは、目的と結果が混ざっているときです。

たとえば、「〜ために」を使った文を書いたあとに違和感が残ることがあります。

意味は通っているのに、どこかぼやけている感じが残ります。

文型辞典では、「〜ために」は目的を表す文型として整理されていて、前後の主語が一致することや、自分の意志で実現できる行為に使われると説明されています。

例文としては、「外国語を習うために時間とお金を使った」のように、意図された行動に結びつく形が挙げられています。

一方で、「〜ように」は同じ形でも、状態や結果、あるいは例示に寄る使い方があり、「XのようにY」という形で、性質や内容が似ているものを挙げるときにも使われます。

こうして並べてみると、「〜ために」は意図された目的に寄り、「〜ように」は結果や状態に寄る形で使われることが分かります。

自分の文を照らし合わせると、目的として書いているつもりでも、結果を説明している形になっていることがあります。

このズレに気づくと、文型そのものを選び直す必要があると分かります。

そこで文型そのものを組み替えると、文の軸が揃います。

僕は文章を書くとき、先に何をやりたいかを決めて、そのあとで表現を選び、最後にそれが本当に適切なのかを推敲で検証します。

この検証の段階で引っかかるのが文型です。

使い方としては、一文単位ではなく段落単位で見ています。

どういう文型の連続になっているかを確認します。

同じ型が続いていると単調になります。

意図と違う型が混ざると論理が崩れます。

文型辞典は、そのズレを言語化して、文章の骨組みを整えるために使っています。

てにをは辞典とは何か

てにをは辞典は、助詞の違和感を潰すためというより、言葉と言葉がどのように結びつくかを確認するために使っています。

文章を書いていて、一番詰まりやすいのがここです。

単語も文型も合っているのに、一文だけ違和感が残ることがあります。

この辞典は、助詞ごとの意味を説明するというより、語と語がどのように結びつくかの用例を集めた辞典です。

たとえば、「空が晴れる」という表現は、「空」と「晴れる」が助詞を介して結びついています。

辞典にはこうした結びつきが並んでいて、

「どこか・が・おかしい」


「どこか・を・見つめる」

といった形で、語と語がどの助詞で繋がるかを確認できます。

意味を説明として理解するというより、「この語はこう繋がる」という形で見ていく感覚に近いです。

文章の中で違和感を覚えたときは、特定の語を引いて確認するというより、自分の文を語と語の結びつきとして見直します。

何と何がどう繋がっているのか。

その結びつきが自然な形になっているかを一度切り分けます。

そのうえで用例を見ていくと、似た形の結びつきがどのように使われているかが見えてきます。

そこに合わせて修正すると、違和感が消えることがあります。

助詞は感覚で使っている部分が大きいため、自分の中だけで考えていると修正が進みません。

こうして一度、結びつきとして捉え直すことで、ズレている部分が見えてきます。

ただ、細かい校正の段階ではあまり使いません。

実際に今回の例でも、最終的な調整で使ったのは文型辞典と助詞・助動詞の辞典でした。

てにをは辞典は、その前の段階で、「どこがズレているのか」を掴むために使うことが多いです。

こういう修正は小さく見えます。

推敲の中では頻繁に出てきます。

助詞・助動詞の辞典とは何か

助詞・助動詞の辞典は、細部を詰める段階で使います。

文型と結びつきで整えたあとでも、違和感が残ることがあります。

そのときに残っているのは、助詞や助動詞そのものの働きのズレです。

たとえば、「が」と「は」で迷う場面があります。

助詞・助動詞の辞典では、「は」は主題を示し、「が」は主語として働くと整理されています。

「リンゴは」と言えば、そこが課題として提示され、「果物だ」と説明が続きます。

一方で「リンゴが」は、「何が果物だ」という問いに対する答えとして、「リンゴが」と示される形になります。

同じ内容を扱っていても、文の組み立て方が変わります。

自分の文がどちらの形になっているのかを確認すると、選ぶべき助詞が見えてきます。

導入で挙げた一文でも、疑問はすでに台詞の中で提示されています。

その内容を受ける形になるため、「疑問が」ではなく「疑問は」の方が流れが整います。

同じように、「で」と「に」で迷うこともあります。

この辞典では、「で」は行為が行われる場所を示し、「に」は存在の位置を示すと整理されています。

「食卓で」は食事をする場所としての食卓を指し、「食卓に」は物や人がある位置としての食卓を指します。

自分の文が行為を表しているのか、それとも位置を示しているのかを確認すると、どちらを選ぶべきかが見えてきます。

てにをは辞典では結びつきとして見ていた部分を、ここでは助詞そのものの働きとして整理します。

同じ箇所でも、見方を変えることで修正の精度が上がります。

僕は推敲の最後の段階でこの辞典を使います。

結びつきとしては成立している文を、機能として正しい位置に調整するためです。

三つの中では、この辞典を使う頻度が一番高いです。

最終的に残る違和感の多くが、助詞や助動詞の使い方にあるからです。

一語の違いですが、この調整で文章の印象ははっきり変わります。

使い分け

僕の推敲の流れは、ある程度固定されています。

初稿では辞書は使わずに書き切ります。

推敲に入ってから、問題を分解していきます。

まず文型を見て、段落単位で崩れているところを直します。

文の骨組みがズレている場合は、この段階で組み直します。

そのあと、語と語の結びつきを見直します。

一文だけ違和感がある箇所があれば、どの結びつきがズレているのかを切り分けます。

最後に、助詞や助動詞の働きを確認します。

結びつきとしては成立している文を、機能として正しい位置に調整していきます。

この順番で触ることで、どの層に問題があるのかを切り分けられます。

多くの場合、違和感はあるが原因は分からないという状態になります。

層を分けて見ることで、どこに手を入れるべきかが見えてきます。

同時に考えようとすると整理できなくなります。

大きいところから小さいところへ、順番に詰めていきます。

まとめ

文章の違和感は、単語ではなく接続に出ると感じています。

単語を変えても解決しないときは、文のどこかでズレが起きています。

文型、語と語の結びつき、助詞や助動詞の働き。どこに問題があるのかを切り分ける必要があります。

日本語文型辞典、てにをは辞典、助詞・助動詞の辞典は、それぞれ違う層を扱っています。

文型で骨組みを整え、結びつきを見直し、最後に助詞や助動詞の働きで調整します。

この順番で触ることで、違和感の正体を分解して捉えられるようになります。

国語辞典や類語辞典が単語を整えるための道具だとすると、これらの辞典は文章を整えるための道具です。

書いていて違和感が消えない状態に入ったときは、一度この領域に踏み込んでみる価値があります。

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