※本作品はpixivの企画「子どもチャリティー企画~ブックサンタ2025~ 開催」に投稿したものと同じ作品です。
■ブックサンタとは
https://booksanta.charity-santa.com/about
「厳しい状況に置かれている日本全国の子どもたちに本を届けること」を目的に、NPO法人チャリティーサンタが、2017年から全国の子ども支援団体および書店と連携してスタートしたプロジェクト。
パートナー書店で子どもたちに贈りたい本を購入、レジでその本を寄付すると、日本全国の子どもたちに「サンタクロースから本が届く」というチャリティープログラムです。
書店に足を運ぶのが難しい方のために、専用オンライン書店とクラウドファンディングでも寄付が可能です。
■NPO法人チャリティーサンタ
https://www.charity-santa.com/
「子どもたちに愛された記憶を残すこと」をミッションとして掲げ、「子どものために大人が手を取り合う社会」を目指し、活動を展開しています。2008年に活動を開始し、2014年にNPO法人化を果たしました。
全国30都道府県42支部で行う「サンタクロースの訪問活動」をはじめ、全国779書店と協働する「ブックサンタ」、全国の困窮する子どもを支援する団体とのネットワークづくりなど多岐にわたって活動しています。現在は、クリスマスにとどまらず、1年を通じて困窮する子どもたちへ体験を届ける活動の仕組み作りをおこなっています。
※チャリティーサンタは、特定の国や海外の団体、特定の宗教とは一切関係はありません。
「大人になっても信じていること」
「あ」
「……あれ?」
デスク周りだけ照明が点いていて、佐々木は相手を邪魔しないように、小さな声を上げたつもりだった。しかし、少しアルコールに濡れたその高い声は、しっかりとデスクに響いた。
席に座っていた宮澤は、佐々木の顔を見上げ、首を傾げる。黒いスーツに普段とは違うボルドーのブラウスの襟が動きに合わせて揺れ、丸みを帯びた黒いショートカットも微かに揺れた。ワインレッドのリップを塗った唇が動く。
「直帰じゃない?」
宮澤の声からもアルコールが滲み出ており、高揚したものがある。香水やスイーツやフルーツなどが混じった甘い香りが、佐々木の鼻先に触れた。佐々木は頭の端に留めていた各々の、クリスマス前後から始まる年末年始特有の進行表を思い出した。
佐々木はコートを脱ぎ、ジャケットのボタンを外し、自分のデスクのパソコンを再起動する。メールを確認すると急ぎの案件はないが、イベントが近いことを知らせるように確認依頼や相談の連絡などが多々届いている。佐々木は腕時計に目線を落とし、返事を送るかどうか微かに悩む。
「そっちこそ直帰では?」
他の社員のスケジュールを確認する。佐々木は既にイベント終わりで直帰扱いになっており、レストランを貸し切って催された新作ワインの試飲会の運営の企画などを任されていた同期の宮澤も直帰になっている。
「私はほら、上司として、皆の仕事がちゃんと終えた確認があるから。そっちは?」
先に一つ二つと出世した同期の言葉に、佐々木は素直に戻ってきた理由を口にした。
「直帰したらまずいかな、と」
明るい笑い声が、暗いオフィスに響いた。宮澤の黒いパンプスのヒールが床を叩いたのか高い音が広がる。
「え、新人みたいなこと言うじゃん? 毎回そうだっけ?」
佐々木は手短に否定した。
「違う」
「今回だけ?」
「本当だったら、もっと早くに来る予定だったんだけれど、二次会に巻き込まれた」
宮澤の視線が、開いたままのパソコンの画面へと滑った。大きな黒い瞳がざっと動く。
「……そんなことするイベントだっけ? あれでしょ、宮本さんの所でしょ? 引き継ぎもちゃんとしたはずじゃない?」
「今年のアルバイトの方とかが妙に元気で、それでね」
宮澤の口が小さく溜め息をつくように形作られようとしていたが、頬を引き締め労うように笑いかけられる。
「なら仕方ないか。お疲れ。元気にしてた? 宮本さん」
同じように笑いかけたかったが、佐々木の声と顔には疲れの影があった。
「そちらこそお疲れ。うん、元気そうだった。たまには顔出したら?」
「もう引き継いだから十分でしょ」
「そうじゃなくてお客さんとして」
「……それは魅力的ね」
二次会で相談されたことを、伝える。
「来年の年末年始は、二階でホットワイン提供とか考えているらしいよ。アーティストとか呼んで、小規模な、さ」
「良いじゃない。今回のブックカフェとは毛色も異なって。来年も担当する?」
宮澤の提案に、佐々木は真面目な声で応じる。けれども、端々に浮ついたものがあった。
「上司である宮澤さんがそう仰るのであれば?」
「急にかしこまらないで。反応に困る」
ごめんごめんと佐々木は謝り、話を今夜へと戻す。
「そっちはどうだった?」
「良かったわよ。どれも美味しいワインで」
あ、っと宮澤が声を上げて、身体を屈める。次に姿を見せた彼女の手には、どこかの企業のロゴが描かれた紙袋があった。
「それは?」
宮澤の口角が上がる。頬に赤みが帯び、その瞳が少し潤んで見えるのは、きっとまだ今夜の催し物の残滓の、眩いまでの光のせいだろう。
「ささやかなプレゼント」
宮澤は席から立ち上がり、給湯室の暖簾をくぐる。戻ってきた手には、紙コップが二つ。宮澤は紙袋を持って、佐々木の隣の空いている席へと腰掛ける。甘い香りが足元へと滑り落ちる。佐々木の頬が柔らかくなった。
「ケーキとか?」
宮澤は大きく首を横に振った。
「この時間にケーキは重いよ」
紙袋から、ミニボトルが何本か出てくる。二人の間にスパークリング、白、赤と置かれ、宮澤の細い指が一つずつ指す。爪には何も塗られていないが、パソコンの光を受けて、星のように輝いている。
「一本は、年末の皆のために。一本は、年末年始を終えた私のために」
佐々木はどれかを選ぶようにミニボトルを指さす。
「最後の一本は?」
宮澤は手を止め、白い歯を見せて笑う。
「今夜まで仕事をしている私達のために。佐々木くんは、どれが飲みたい?」
「宮澤さんは、何を飲んできた?」
「主に赤を」
「なら、白で」
「良いね」
宮澤は慣れた手つきでミニボトルの封を切り、空いている紙コップに注ぐ。少しミニボトルを持ち上げ、照明に透かす。
「おかわりしたらなくなりそうね」
「味を悪くするのは失礼だから、飲み切ろうか」
「今夜の私達には、それくらいのことを許されても良いから」
「そうだね」
「今日を頑張った私達に」
「夜遅くまで頑張った僕達に」
乾杯と共に口にして、紙コップを合わせる。ワイングラスのように高い音は奏でられず、夜を邪魔しないような柔らかい音だけが二人の間を落ちた。
紙コップを口元に運ぶと、打ち上げや二次会で味わった缶ビールとは違う、華やかな、若々しい果物の香りがふっと広がる。佐々木は持っていた紙コップを口元から離し、その中に注がれた透明な液体を見つめる。
「……ワインって、葡萄酒だよね?」
宮澤はもう既に少し飲んだらしく、紙コップと似たような香りが彼女の声音に乗っている。
「そう確認したくなるよね、分かる」
「林檎とかそんな、青い、若々しい感じ」
「飲んでみたら印象変わるよ」
佐々木は宮澤の楽しげな声に誘われ、一口飲んだ。
「……ん? え、これ本当にワイン? 口当たりがさっぱりし過ぎて怖い」
「手に取りやすくて飲みやすいワインを、ってことで作られたからね」
「それにしても飲みやす過ぎない?」
佐々木の目が、残りをミニボトルを品定めするように揺れた。宮澤の手が佐々木の視線からボトルを守るように遮る。
「駄目だよ、佐々木くん。私や皆に年末に怒られたくないでしょ?」
佐々木はすぐに反論する。
「大掃除で色々出てくるじゃないか」
「その色々の中に、ちゃんとプレゼントがあった方が楽しみじゃない」
「今の楽しみを奪っても?」
宮澤の眉間に作られた皺が寄る。
「良い子にしてないとサンタクロースは来ないよ?」
「僕はお年玉が貰えれば十分。もうサンタとして一仕事してきたからね」
「私は、プレゼント貰ってないけれど?」
佐々木は、ちょっと待ってと声をかけ、ジャケットの内ポケットを漁る。目当ての物が見当たらず、コートのポケットを全て確認する。コートの内ポケットを探した時、指の端に固い物が触れた。佐々木は取り出し、宮澤の方へと滑らせた。ブックカバーの掛けられた薄い文庫本。宮澤は本を手に取り、表裏を確認する。ブックカバーには、佐々木が先程まで居たカフェの店名や住所が印刷されていた。
「企画書にあった書籍ってこれなの? もっと大きくて分厚いの想像してた」
「大きくて分厚いと子供達が疲れて読めないだろう、って宮本さんから言われてね。プレゼントする側としても助かったよ」
「その口振りだと手応えあった感じ?」
「毎年ちゃんと動いている宮本さんのお陰、かな」
宮澤は本を開き、目次に目を通す。宮澤の頬が綻びる。ミニボトルの残りは、既に二人の紙コップに注がれていた。
「懐かしい話が多いね」
「大人でも親御さんでも子供達でも楽しめるようにって」
「佐々木くんはどれが一番好き?」
目次に並んでいる作品の名前を、宮澤が読み上げる。聞いたことある作品もあれば、読んだことある作品もあれば、全然知らない作品もある。
「四つめのやつ。多分、学生の時に読んだような気がする」
「え、これ?」
「講義の時に言われた。皆さんの今の実力ですと原文でも読めるようになっていますから、力試しにどうぞって」
宮澤は本から目を上げ、非難の声を上げる。
「え、そんな大学生の時はなしでしょ」
「え、なし?」
「なしなし。面白くない。大学生の時までサンタクロースを信じていたのなら、話は別だけれどさ」
「……なら、なしだ」
「でしょ?」
「もっと前、か。僕も読んでいい?」
「どうぞ」
宮澤にプレゼントした本をにして、佐々木は遠い昔を思い出そうと試みる。沈黙が降ってきそうな気がして、佐々木は気遣うように、そっと声をかける。視線を上げると宮澤の輝く目と合った。
「宮澤さんは?」
「私?」
宮澤は細い顎に指を添える。
「んー、最初のやつかな」
「え、童話とかじゃなくて? 意外だ。渋いね」
「渋いって、それ褒めてる?」
「うん。でも、この話が好きって良いね」
宮澤の赤い頬が、昔を懐かしむように柔らかくなる。
「子供の時はそれこそもっと別の作品の方が好きだったんだけれど、大人になって読み返すとこの作品が一番好きかな。プレゼントの、形に残らないものを描いていてさ。私達の仕事に近しいものを感じる」
「……大人になってからはずるじゃない?」
佐々木の非難を、宮澤は明るい笑い声で吹き飛ばす。
「私は今でもサンタクロースを信じているから」
佐々木も釣られて笑った。
「プレゼントを貰えるって?」
「うん。イベントが成功したらね」
真っ直ぐ答えた宮澤に、佐々木は急に恥ずかしくなった。はぐらかすように言葉を並べる。
「信じているんだったら、夜更かしは駄目でしょ。これはこっちで上手いこと処分しておくから」
佐々木は空になったミニボトルをコートのポケットにしまう。
「ありがとう。ここで捨てたら、誰が飲んだって怒られるからね」
それが合図になったように、宮澤も空になった紙コップを捨てる。手早く後片付けを行い、オフィスを出る。
「私はタクシー拾って帰るわ」
「電車の方が良くない?」
「ちゃんと帰れるのなら、ね」
「……もしかして思ったより酔ってる?」
「ええ。それじゃ、また」
宮澤は軽やかな足取りで佐々木の側を離れていく。
腕時計に視線を落とすと、まだ全然終電まで時間があった。スマートフォンを取り出すと、最寄りの駅で遅延が発生していることが通知で届いていた。佐々木は宮澤の後を追いかけるように、通りに出て、タクシーを探す。宮澤の姿はもうなかった。
一台のタクシーが、佐々木の前に停車する。
「どちらまで?」
と運転席から問われ、佐々木は自宅の最寄りを口にする。ドアが閉まり、タクシーは滑るように動き出す。暖房の風が、佐々木の頬を撫でる。短い息が自然と零れた。
運転席から、低い声で問われる。
「お仕事ですか?」
佐々木は流れていく車窓から目を離し、頷く。
「……ええ」
「お疲れ様です。大変ですね、今日は特に」
佐々木は自然と労いの言葉を口にした。
「ええ、大変でした。そちらこそ、お疲れ様です」
運転席から照れたような、笑い声が漏れ出た。〈了〉