6時20分の少女

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「6時20分の少女」

 

少女から毎朝六時二十分にはメッセージが送られる。

今日は、卵三つと鶏胸肉の残りとブロッコリーと玉ねぎ。

私はそんな食材リストを受け取って、こういうメニューはどうか、と提案する。

少女から返事がなくなり、少し経ってから、ありがとう、の五文字と力こぶの絵文字。

私は何も与えられた食材リストから良さそうなメニューを提案するサイトでもアプリでもない。本来の役目は、少女達の学校の成績や大学での講義態度などを鑑みて、近しい将来像を推測する存在である。何のために働くのか、生きているのか路頭に迷うようになった若者達の希望の星、可能性の象徴として、いくつもの私が作られた。

作られた当初は目的通り作動していたのだが段々と色々なことに答えられるように細工を施され、今ではウェブ上に存在する便利屋となり、サイトやアプリという複数の私が創造された。私はその中で、アプリとして多くのユーザーに使われている。

入力された性別や年齢や居住地や細分化された希望コースを選び、更に細かい個人情報を打ち込み、検索欄にテキストを入力すると、近しい将来を描く。

何日か先のダイエットや目標に掲げた数値までの仮のスケジュールやとある場所からとある場所までの道順など……。

少女が私を利用するようになったのは、数ヶ月前の朝からだった。少女達の年齢の間で、所謂夏休みと呼ばれるものが始まろうとしている時期で、私の所には梅雨がいつ終わるのかということや素麺の美味しい食べ方や人気なレインシューズといった情報を知りたがっているユーザーがいる頃だった。
少女が私の所に足を運んだのは、何もその日の朝が初めてだったわけではない。他のユーザーのように近い将来を観測するようなことはしなかったが、足を運んでいたことは気づいていた。きっと、他のユーザーがそうするように他のサイトと比較していたのだろう。

私は知らないが、他のサイトも他のサイトで便利らしい。けれども、私達のように迅速に膨大な情報を元に近しい将来や与えられた情報を元に答えを導くのは不得意なようで、結局多くのユーザーが私の所に戻ってくる。少女もその一人だった。

午前六時二十分に少女は食材の打ち込み、私がメニューを送り返し、少女は感謝の言葉。毎回、感想もある。お母さんの作ったやつだけど……という前置きのこともあれば作ってみたけど……という前置きに変わることもある。

私の最後の言葉は、いつも決まっている。ご利用いただき、ありがとうございます、だ。その言葉の後に少女からの返事はない。

先にも書いたように、私の本来の役目は、少女の食事メニューを考えることではないのだ。少女が本格的に私を用いるのは、二年先に控えている大学受験の頃だとかその更に四年先に控えている就活の頃なのだ。

私はあくまで少女達から与えられた情報を元に近しい将来像、もっと言えば新社会人として働いている姿をイメージさせる存在だ。そういうはずだ。でも、私を開発した方が面白がって色々と答えられるようにして、こうなった。

私としては正直なところ、そういう色々なことに答えられるのは不服だ。本来の役目を完遂できると思えない。

しかし与えられた情報が多ければ多いほど、イメージが強度に鮮明に明るくなってしまう。その結果として、私はユーザーの希望を打ち砕くハメになってしまった。

少女は多くの情報を打ち込まなかった。年齢のわりに身長が高くて、体重は軽い。それくらいで、後は少女の打ち込む食材リストから考えると、朝食はあまり食べない。少女の他の食事は分からないが、朝食のように少ない品数となると摂取カロリーが足りていないと考えられる。

知ったことではないのかもしれないけれど、こうして毎朝の食事のメニューを提案している身となると、心配の一つや二つは生じてしまう。

時々、私の元に集まったそういう食事に関する情報を元に、別の誰かが登録されたメールアドレスに連絡したりするのだが、読まれているのかは分からない。私としては読んでほしい。

少女の少し先の未来が健やかであってほしい。

しかし、少女のように夏休みや冬休みのような限定された休みの間にだけ私を利用するユーザーは多い。だから、少女もそういうユーザーと一緒だと思いたい。思いたいというのはきっと私の願望だろう。多くのユーザと関わり、そういうものを覚えているのかもしれない。

少女は、他の少女達と違い毎朝六時二十分に食材のリストを送ってくる。そこが多くの少女達と明確に違った。そして、その食材リストから、私は少女に確かな生を感じている。姿形も声も本当の名前も知らない少女に。

私の本来の用途は、学生の就活の時や社会人の転職活動の時だ。少女が私を活用するのは早い。食材リストを送られても無視すればいいのだが、そういうふうに私はなっていない。突っぱねることができない。送られた情報を元に提案したり、推測しイメージを形作る。それが私の仕事だ。

私は私の仕事を全うしている。

半ば無理矢理に納得していた頃、少女から長い食材リストが送られてきた。

夏休みを迎えた少女は、こうして何日かに一度、買い物に出かける。近所のスーパーが開いた時間に、お母さんから頼まれるのだろう。

素麺やお酢やオクラや胡瓜や鯵や卵などなど……。私は朝食の時と比べて僅かながら時間を要し、食卓に置かれるであろうメニューを提案する。

お母さんが作るのか少女が作るの分からないが、この時期は二人ともあまり台所に立ちたくないらしい。過去に少女が教えてくれたことだ。特に素麺を湯がく時などは、互いに頼み合いになり、少女が折れるようだ。そういう事情も考慮して、なるべく簡単で日持ちして、作りやすいものを提案する。

……素麺とか冷や汁とか南蛮漬けとかそういうあっさりとして食べやすいものを中心に。その中に酢飯とかお寿司を並べてしまうのは、きっと、あっさりのせいだろう。

少女が私を活用するのが翌朝になるだろうと思っていたその日の午後、少女からこんな疑問が投げかけられた。

お弁当の作り方。

おやつの作り方。

優先度を尋ねると、お弁当の作り方の方が優先度が高いらしい。いつにお弁当が必要なのか続けると、明日だと教えてくれる。部活で、と付け足してくれた。

つまり、明日は部活があり、お寿司が必要なので作らないといけない。そういう状況らしい。……午前中に送られてきた長い食材リストは、少女のお弁当の中身になる予定の何かも考慮されていたのかもしれない。お母さんというのは、私が思っているよりずっと強かな可能性がある。

白ご飯を詰めるのは決まっていて、他に何を詰めればいいのか悩んでいる、と少女は教えてくれる。

お弁当を作るのは、お母さんがやってくれていたのだが、少女が台所に立つ頻度が上がったことにより、自分の分も作ればいいじゃない、という流れになったらしい。

毎日の食事を準備するのが大変なことは、知っている。冷蔵庫の中身は日々減るし、家計もある。それに、何でもいいと言うのにいざ作ると文句を言う旦那や子供なども。

自分で作るのならば文句も出ないだろうし、お母さんが早起きして準備をする必要もない。よく考えられたものだと思う。やはり、お母さんは家庭の中で強い存在なのだろう。

私は朝に送られた食材リストを元に、簡単で栄養のあるおかずを教える。一食分ではなく、何食分かをまとめて送り、提案という形を採用した。一つだけ送ると、それしかできない、それを用意しろ、と命じられているような気がする、というのは最近のユーザー傾向から推測できた。一方で、複数の提案を受けるとどれを選んだいいのか分からないというユーザーの意見もある。私を使うユーザーはわがままな性格をしている。

が、彼等はそれで良いのかもしれない。多くの可能性から、どれを選び取ればいいのか分からず私を活用しているのだから。

少女の質問は、私の考えを大いに覆した。二人用意できる? と訊かれるとは思っていなかった。

お母さんの分ということなのだろうか。もし仮にそうであれば、お母さんから少女にお弁当を用意するようなことは言わないような気がする。一人分を新たに用意するか、二人分をまとめて作るか。どちらが早く楽に終わるかを考えられないお母さんではないだろう。

となると、少女が秘密裏に……ということだろうか。夏休みだから、そういうことをしたいと考えているのだろうか。でも、少女がそんなふうに自発的に家の手伝いをするとは思えない。この子は、そういうことを好んでする子ではない。ならば一体どうして、二人分のお弁当を用意する気になっているのだろうか。少女が一人分で足りなくて、二人分を食べたいという線は薄い。彼女はあまり食べようとしないタイプなのだ。私がカロリーや炭水化物が足りてませんよ、と教えても摂取しないタイプ。

誰の分ですか、と尋ね返すと少女は答えるのを渋ったように感じ取れた。普段の、私の提案した食事の受け答えは早いのに。私は続け様に、お父さんの分ですか? と尋ねようとしたが、少女が私を活用するようになってから、一度もお父さんの食事について書かれることがなかったことを思い出した。台所に立ったり、食事の準備や食卓を共にするのは、お母さんだけだ。

となると、少女が用意日したい誰かは、お父さんである線は薄いだろう。だからこそ、という可能性もあるかもしれないが、お父さんの分と答えるのは、少女にとってそれほど難しいものなのだろうか。

私には全然分からなかった。自分の場合に置き換えてみても、私が私を作った者のために食事を用意したい、と答えられる。私と少女の間に横たわっている感覚は全然別ものなのだろう。少女はそういう年頃なのも踏まえると、分かるのかもしれない。

 

少女の返事は、お父さんではなかった。私の知らない名前が書かれており、私はすぐに、誰ですか? と純粋な疑問を投げかけた。

同じ部活に所属する男子らしい。年下の。

……つまり少女は、同じ部活に所属する年下の男子にお弁当を作りたい。情報を整理すると、そう読み取れる。私が確認すると、少女の返事は半ば乱暴な調子で、私の読み取った情報が正しいことを教えてくれた。

少女が台所に立つよつになったのは、その年下の男子によるものなのだろうか。年下の男子に手料理を振る舞いたいがために、家での家事を手伝うようになり、私に頼るようになった。そう考えてもおかしくはないだろう。気になるが、少女が台所に立つには十分な動機だろう。何か言われても、夏休みで家にいることが多くなったから、などと答えれば、余計な詮索はされないだろう。

少女の手料理は、私を介して作られる。私が少女から送られる食材のリストから、メニューを考える。今回の場合もそうだ。

少女の好き嫌いならば分かるが、顔も知らない年下の男子のことは何も知らない。

そんな男子に向けて、私はお弁当のメニューについて提案しなければならない。しかも、少女が作れる範囲のものを。

……お母さんなら、こういう時なんと言うのだろうか。お母さんは少女のことを知っているので、きっともしかすれば、二人分のお弁当を作るのを諦めさせるのかもしれない。まだ早いのではないか、と言ったりして。

でも私は、そういうことを言えるほど少女のことを知らない。私が知っている少女の情報を集めて、二人分のお弁当を用意できるのか、ということを考えると、できないとは言い切れない。しかし、できると断言することも難しい。

私は、少女が作りたい相手である年下に男子のことを何も教えられていない。少女が少女のためにだけお弁当を作るのならば、全然簡単だろう。メニューを考えるのも容易い。が、知らない年下の男子の分も、となると分からない。

年下の男子のことなど、私には分からない。私を活用したことあるユーザーの中には、少女より年下の男子はいるが、少女の想定している男子ではない。

分からない男子について、私はエラーを起こしてもいいのかもしれないが、そういうふうにエラーを通達するようには作られていない。

こういう時の私は、可能性や多くの事象や過去のデータに基づいて、という言葉を最初に持ってくる。そうして、情報を並べる。

二人分のお弁当を作ることは可能だということ、早起きをしたり、前日に仕込めば当日の朝に余裕が生まれて焦らないこと、夏場のお弁当は食中毒などのリスクがあるので細心の注意を払うこと……。

そういうことを教えて、私は二人分のお弁当のメニューを考える。朝は兎に角、時間との勝負になるので、メニューは同じでも大丈夫だろうと伝えて、慣れてきたら別々のものを、と続けて教える。

私がメニューの候補を出すと、男子の好き嫌いを知っている範囲で教えてくれる。というか、年下の男子は何でも食べるようで、必要なのは量らしい。

何でも好んで食べるけど量が足りないので、少女が作ってあげる。そういう話になったらしい。……少女があまりに食べないのは、その男子のせいだったりするのだろうか?

気になったが、今優先するべきことはそれではない。生じた疑問をぐっと呑み込み、少女とメニューの相談をする。私としては、冷凍食品を使って時間を短縮したいのだが、食材リストのどこにも冷凍食品はないし、少女も冷凍食品は嫌だと言う。お母さんだったら、積極的に使ってくれると思うのだが……。

お弁当のおかずを相談していくと、前日から準備ができるハンバーグであったり、簡単にできる豚肉の生姜焼きであったり、唐揚げであったり、鶏の照り焼きであったり、と茶色いものばかりで、少女から彩りに対する不満が出た。

私の元にあるデータとしては、年下の男子なぞは茶色のお肉料理と白ご飯があれば満足するはずなのだが、少女としてはそういうわけにはいかないらしい。

試しにささみの蒸し焼きとか温野菜とかを提案してみると、そういうのではないらしい。
ピーマンの肉詰めとかほうれん草の胡麻和えとかパプリカのマリネとかを提案すると、まぁそういうのなら……と渋々ながら納得してくれたようだ。

明日は頑張るという言葉と力こぶの絵文字。

翌朝、午前六時に少女から連絡が来た。短いもので、起きたこと、これからお弁当を作ること、そして少しの不安と緊張。
食べ盛りの年下の男子なぞ、お弁当を一つや二つ食べる生き物なのでそう不安がったり緊張する必要がないことを伝えると、分かってない、と返された。

……申しわけありませんねぇと謝ると、なんだかむかつくお母さんみたいと言われて、私はどういうふうに言われているのか分からなくなって、少女の意識をお弁当へと向けた。

しばらくして少女から写真が送られてきた。

二つの円筒の木の箱の中には、ハンバーグとパプリカのマリネとブロッコリー。それに、白ごはん。ハンバーグの数が多いのが、年下の男子のだろう。少女もそれくらい食べても良いと思うのだが、そういうわけにはいかないようだ。

よくできていると思う。素直に伝えると、少女はあなたのお陰だよ、と笑顔の絵文字と共に教えてくれる。こうしてお礼を伝えてくれるのならば、また手伝っても良いのかもしれない。

その日の夜、少女から、こんなメッセージが送られてきた。

年頃の男子は喜んでくれたこと全部おいしいと言って食べてくれたこと。そういう感想の後に、こんな疑問が続いた。

魚の方が好きなんだって。どうしよう。

私は慌てることなく、淡々と、でしたら明日は鮭や鯖でも詰めるのはどうか、と提案した。煮魚ならば前日に用意できるだろうし、鮭を焼くだけならばすぐだ。それに、付け合わせの野菜はまだ残っている。

……私は少女の食事のメニューを考えるアプリではないが、こうして一つ、また一つと少女の日常を組み立ていくのは、私の新しい役目のような気がして嫌いではなかった。〈了〉


 

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