ピアス

PDFファイル版(文庫サイズ・縦書き)

「ピアス」

「他に好きな人がいるから」

否定の言葉が聞こえたのは、他の教室のどこからも話し声が聞こえてこなかったから。授業はとっくに終わっていて、部活もそろそろ終わる頃。

どこかで落としたかもしれないなくしたものを取りに戻ろうと再び廊下を歩いていた私は、そんな言葉が聞こえてきて、立ち止まる。このまま、あるかもしれないものを取りに戻ろうとしたら、私はその声のした教室に入ることになって、誰かと鉢合わせる。他の場面だったら別に構わないのだけど、こういう場面で鉢合わせるのは嫌だ。

しかも声の主は聞き覚えのあるクラスメイトの女子。多分、前の席の佐藤さん。もう一人も私が知っているクラスメイトの可能性だって全然有り得る。

私は私が言われているわけじゃないのに、その場から急いで、見つからないように足音を殺して逃げた。それでも廊下に足音が響くのは憎たらしい。

忘れ物は明日、登校した時で良い。

今日、急に必要になったものでもないし、家で必要になるものでもない。

片方の耳にだけフック型のピアスをつけているのもおかしかったから、トイレに隠れて、最近染め直して明るくなった茶色の髪の隙間から微かに見えるピアスを外す。もう片方のピアスは見つからないし、このピアスは捨ててしまっても良かったのだけど、もしかしたら見つかるかもしれないという思いを捨てきれずに鞄へとしまう。

片方のピアスはどこかで落としてしまったのは、きっとお昼の頃。お昼を食べ終わった辺りから片側の耳にだけ違和感を覚えて、指で触ってみたらなかった。

朝にはつけていたし、学校のどこかで落としてしまったようだ。トイレとか教室とか探してみたけれどあんな小さい物はすぐに見つけられず、こんな時間になっても探していた。今日見つからないってことは、もうずっと見つからないだろう。

高校に入って初めての夏休みを前に、こんなことになるなんて思いもしなかった。

なくなったならなくなったで良いけど……。

高校に入ってバイトの許可が出て、はじめて買ったピアス。私にとって特別だ。

普段からつけているけど、ピアスやその穴は校則で禁止されているから、落とした片方のピアスが先生に見つかっていないことを願うしかない。

先生達以外の誰かが拾ってくれてると良いのだけど、片方だけのピアスを拾ったところでどうするのだろう。きっとゴミ箱に捨てられるだけだ。私でも片方だけ落ちているピアスは拾わないし、もしかしたら気味悪くて捨てる。でも、わずかに残っている希望にすがりたい。誰かが拾って、捨てることなく持ち続けていることを。

スマホで新しいピアスを探してみたけど、どれもピンと来ない。このまま見に行っても良かったかもしれないけどバイトまでに新しいピアスを決められる自信はない。

家に帰ってそのまま自転車でバイト先のコンビニへ。バイト先に行くまでの間で適当な雑貨店に入って新しいピアスを探してみたけれど、良さそうな物は見当たらない。

どれも私の耳には大きくて重そうで、髪の隙間から光って見えてしまう。似合わない。ピアスなんて見えて良い物かもしれないけれど、私にとってはそういう物じゃない。自分の気持ちを上げるものだ。この明るい髪色と一緒。金曜日の夜、お風呂上がりに塗るマニキュアと一緒。

自分が密かに楽しむだけ。学校で見つかるとうるさいから大々的に楽しめないっていうのはあるかもしれないけど。

バイトが終わって家に帰って、お風呂に入って耳たぶを確かめる。ピアスをしていないと穴が塞がるってネットで見たことがある。塞がるともう一度開けないといけない。一回開けただけで涙が出るほど怖かったのに、もう一回するなんて嫌だ。早いうちに新しいピアスを買った方が良いのかもしれない。でもそんなふうに間に合わせるためだけに買うのは、どうなんだろう。

バイト代はスマホの使用料と日々の細かな物を買ってしまえば少ししか残らない。お昼のご飯も私のバイト代から出すか出さないかなんて話をお母さんとしたことがあって、出さないようになったけれど、きっと今後は出す時が来る。

穴が塞がらないからと間に合わせで買ったピアスをずっとつけるのは、嫌だ。気に入ったのがあれば買うかもしれないけど。それでも、間に合わせなんていう仕方なしに買ったような物はしたくない。安くもないし。

自分が気になるピアスが見つかるまで、ピアスはしない方が良いのかもしれない。でもそうするとまた穴を開けないといけなくなってしまいそうで……。

どっちを選べばいいのか分からないまま、私はお風呂を出てベッドに沈み込む。

私がピアスを開けるようになったのも髪を明るく染めたのも、中学から高校に進学して、今までの知り合いと離れられたためだった。地元の子達の多くが進学する山の近くにある高校じゃなくて、制服がなくて、自由を謳う、自転車で通うには少しだけ遠い共学の高校を選んだ。私服が良いなら、ピアスも良いと思うんだけどそこの線引きはある。よく分からない。

そこで変わろうと思った。

中学の頃のようによく知らないクラスメイトの顔色を伺う、何となくの付き合いを続けるのはやめる。集団を転々とするのもやめる。可能な限り一人でいようと決めた。彼氏なんていても面倒な噂の種になるだけで集団に居づらくなるだけだったし、高校が別になって自然と別れた。

そうやって私は好き好んで一人になった。この髪もピアスも、一人であり続けるための証拠のようなものだ。武装と言い換えても良いかもしれない。でも、武装って言うのは嫌。

……とにかく、それくらい私は集団が好きじゃない。集団の中でいる時は苦痛で仕方なかった。互いが互いを監視しているようで、どこの集団でも馴染めなかった。暴力や暴言があったわけではなかった。ただ何となく、私が馴染めなかっただけだ。集団が集団として形作られるために、私が沈黙を守らざるを得なかっただけだ。

そういう学校生活が高校になっても続きそうだったから、飛び出した。飛び出した高校の先でもやはり集団はあったけど、私は属さない。

片方のピアスをなくしただけで色々なことを思い出してしまって、変な方向に気持ちは沈んでしまった。

断ち切るように目を強く閉ざして眠ろうとしたけど、全然眠れない。

 

 

寝られたと思ったらすぐに朝が来た。

普段より早い時間のアラームに起こされた。昨日の夜に自分でセットしたけどむかつく。まだ学校のどこかにあるだろうという希望を捨てられず、朝から探そうと決意したけど、眠いものは眠い。

お母さんやお父さんには怪しまれることはなかった。こういう時、少し遠い高校を選んで良かったと思う。

普段より早いこともあってか通学路はどこも混んでなかった。自転車の速度を上げて、走る。イヤホンから流れる好きな曲も気分を上げるのを手伝ってくれる。心なしか風が気持ち良いように感じたけど、すぐにいつもと変わらない蒸し暑い風になる。

学校は静かだった。

先生の姿は見えるけど、生徒の姿は全然見えない。これなら探す時間はある。

ラッキーと思って教室に入ったら、女子生徒が一人。私の前の席に座っている女子生徒、佐藤さんだ。机には教科書が置いてあって、もう勉強している。

こんな早い時間からいるなんて思わなかったけど、彼女だったら来ていてもおかしくない。真面目だから。

私服で登校できるのが良いことなのに、彼女はこの時期になると何故か白いセーラー服に紺のスカートで登校するようになった。真っ黒な髪を真ん中で左右で分けた三つ編み。耳に穴なんか見当たらなくて、ピアスの影すら見えない。白い額を輝かせる女子。昔の女学生みたいな人。すらっとした姿は紛れもなく佐藤さんだった。

イヤホンから流れる曲は別の曲に切り替わるところだったようで音楽は流れることはなかった。

だから、聞こえた。

「……早いじゃん、おはよう」

 

昨日の放課後に私の足を止めたのと同じ声。告白を断った時と同じ、少し低い声。

挨拶も告白を断るのも同じ調子なんだ。

私はイヤホンを外して、どういう感情でどう言えばいいのか分からず、少し頭を下げるだけに留める。佐藤さんの眼鏡の奥の視線が少し和らいだように思えた。

私と佐藤さんが出会って三、四か月ぐらい過ぎたのに、私と佐藤さんとの間を流れる緊張感は初対面の時と変わっていないような気がする。精々、知り合いみたいなものだ。

私と佐藤さんは全然正反対な女子だけど、私達はこのクラスで浮いていて、一人だ。私の場合は好き好んで一人でいるけれど、佐藤さんはその真面目そうな外見が手伝って一人になってしまったように思える。

そんな佐藤さんが告白された。……意外なんて思うと失礼かもしれないけど意外だ。真面目で頭が良くて、小柄な女子。確かに私より人気があるような気がする。

そんなふうに佐藤さんのことを考えながら、佐藤さんに悟られないように周りを見渡して、ピアスを探してみる。でも、そんなふうに探しても見当たらない。

周りを見る私の姿が佐藤さんには面白く見えたのか、笑い声が教室に広がる。

「どうしたの?」

普段の私は遅刻するかしないかのぎりぎりで教室に入ってくるタイプで、時として遅刻する。度々先生から注意を受けたけど、そう簡単に遅刻癖は治らない。佐藤さんは毎朝、こんな早くに登校して勉強に励んでいる。可能な限り家にいたい私とは大違いだ。

ピアスらしい影はどこにもなく、一回登校した以上帰るのも難しそうだった。佐藤さんが居なかったら全然帰ったんだけど、誰かに見られてしまった以上は言い訳を作れそうにない。忘れ物はこの学校のどこかにあるはずだから、言えなかった。

諦めたように席に着く途中で、佐藤さんに声をかける。

「早いんだね。いつも早いの?」

 

率直な感想に、佐藤さんは驚いたように目を見開いた。黒く輝く瞳が大きく見える。そんな表情をするなんて思わなかった。

「そうだけど。……今日、変わってるね」

席に着いた私に、佐藤さんは身体をこちらに向けて失礼過ぎることを口にする。思わず不機嫌な声が漏れた。

「……は?」

「え、いや、ごめん。ほら、いつも、ぎりぎりだし、むすっとしてるから」

弁明する佐藤さんの胸元で青いリボンが品良く揺れる。

ぎりぎりに登校するのは事実だけど、むすっとしている気はない。

「むすってしてなくない?」

「不機嫌そうで怒ってるし」

「怒ってないけど?」

「そう見えるって話。周りを警戒してる感じ?」

言い当てられたようで私は口を閉ざした。

後ろの女子生徒のことなんか見ていないと思ったけど、佐藤さんはよく見えているようだ。朝早くに登校して、一人一人の生徒が教室に来るのを見続けていたら、そういうふうに周りのことが見えてくるのかもしれない。後ろの席のクラスメイトも左右のクラスメイトも覚えていない私とは違う。

「図星?」

「うっさい」

結構踏み込んでくる佐藤さんから逃げるようにそっぽを向く。

茶髪の髪が流れ、軽くなった耳のことを思い出す。佐藤さんが早く来ているんだったら、ピアスを見つけたりしていないだろうか。でも、佐藤さんはピアスなんか見つけたらすぐ先生に報告しそうに見える。

もう少し不真面目な人だったら、私も遠慮なく訊けるのに。

ピアスのことも、ピアス以外のことも。……告白された人のこととか好きな人のこととか。
私が黙っていると、佐藤さんの視線を感じて、目を向ける。佐藤さんの視線は私の髪を見ていた。明るい髪が珍しいわけでもないだろう。

私も色を入れてなかったら、佐藤さんのように綺麗な黒髪でいられたのだろうか。でも、黒髪は重たく見られるので好きじゃない。好きじゃないけど、憧れの一つだった。

「なに?」

「いや、ピアスしてないんだなって」

今度は私が目を見開いて佐藤さんを見た。別にピアスは隠していたわけじゃないし、見える人には見えると思う。でも、佐藤さんが見ているなんて思わなかった。真面目な人だから、そんなところまで見ていたのだろうか。佐藤さんだったら見かけたらすぐに、先生のように注意の一つぐらいすると思っていたけど、そういう言葉をかけられた覚えはない。

「し、……してないけど?」

そんな嘘をどうして口にしたのか私にもわからない。ただ、佐藤さんに見つかるとなんとなく厄介な気がした。

「いやいや、昨日までしてたじゃん」

佐藤さんはそう言って、自分の鞄の中から小さな透明なチャック袋を取り出して、私の机に置く。中には、失っていたとばかり思っていたピアスが入っていた。

「これ、あなたでしょ」

「……どこにあったの?」

私は自分の鞄にしまったままのピアスを取り出す。同じピアスだった。

「放課後、教室で。探してなかったの?」

昨日あのまま教室に入っていたら、佐藤さんはあの場で返してくれたかもしれない。そう考えると、あのまま帰ることなく入れば良かった。でもあの時は、佐藤さんが教室で告白されているなんて分からなかったし、今日で良かったのかもしれない。

誰もいなかったら探す予定だったし、探せなくなった張本人から言われると不愉快な気持ちになる。

「探す予定だった」

「……探せない理由でもあったみたいな言い方じゃない」

佐藤さんの声が何かを探るように沈んだ。眼鏡の奥の瞳が、私の反応一つでも見逃さないようにぐっと鋭くなる。

きっともう佐藤さんは、気づいているのかもしれない。私が昨日、放課後に教室に入れなかった理由を。その理由が佐藤さん自身にあることも。

事情を話しても良かったかもしれないけど、私は全てを話す気になれず、誤魔化した。

「あー、うん、まぁ……」

そういうことを話すのは恥ずかしかった。誰と誰が付き合っているのかと知ることが嫌なわけじゃない。でも、好んで知ろうとは思わない。女子と男子の関係なんて、知らない方がいい。そういうことを知って、勝手に出来上がる集団に属される。そういうのはもう懲り懲りだ。

佐藤さんは佐藤さんで昨日のことを話す気にはなれないのか、短く、

「そっか」

と呟くだけだった。

佐藤さんの立場になって考えてみれば、そういう反応にならざるを得ないのだろう。私だって見ず知らずの女子に、そんな場面見られたくないし聞かれたくないし話したくない。しかも、振った側だし。

……振った側だったら、話したり聞いたりしてもいいのだろうか。でも、そこから、どうして振ったのかって訊かれるのは自然な流れだろうし、やはり言えないだろう。振ったと話せば、理由を問われ、そこから誰が好きなのか、という流れになるのは目に見えている。

……話したくない。

私が佐藤さんと同じ立場なら、きっと今の佐藤さんのように言うだろう。あわよくば、どこまで知っているのか探りを入れるかもしれない。

佐藤さんが早く登校したのはいつものことらしいけど、本当にいつものことなのだろうか。私は証明できる術がないけど、もしかすれば昨日のことが引っ掛かって、誰かに聞かれたのか明らかにしたくて、今日だけ早く登校したのかもしれない。

聞いたであろう相手は丁寧にも教室に証拠を残した。クラスで一人しかしていないピアス。

ピアスと引き換えに情報を得ようとするのは当然のように思えた。

佐藤さんは机に置いていたピアスをスカートのポケットにしまい、声を潜めて赤い顔で尋ねてくる。

「……知ってるの?」

私は何を訊かれているのか分からず訊き返す。

「何を?」

「昨日のことよ」

「ピアス落としたこと?」

「違う。放課後の教室のこと」

「知ってる。佐藤さんは?」

確かめると佐藤さんは挑発的に笑う。

「白々しくない?」

腹の探り合いに疲れた私は諦めたように笑って、佐藤さんに手を差し出す。

「互いにね。返してくれる?」

「まだよ」

聞きたいことはまだあるらしい。私は佐藤さんに訊かれるより早く、昨日聞いた言葉を淡々と口にした。早くしないと他の子達が登校してしまいそうだったから。

「他に好きな人がいるからって聞いた。私が知ってることはこれだけ」

佐藤さんの顔は一段と赤くなった。耳まで赤い。佐藤さんの視線が辺りを泳いだかと思えば顔を伏せ、小さな声で訊く。

「気にならないの?」

「……何が?」

「その、私が、誰が好きだって」

気にならないって言いたかった。

佐藤さんのその言い方はまるで気にかけてほしい言い方だった。佐藤さんが誰が好きで誰を振ったかなんて私には関係ない。知りたくもない。

でも、佐藤さんの話を聞いてそれでピアスが返ってくるなら聞いた方が早いのかもしれない。このまま返ってこなくて、他の子が来て、先生も来て、はぐらかされてしまったらここまで話をした意味がない。

私は退屈げに訊く。

「誰が好きなの?」

佐藤さんが顔を上げて答える。

「あなた」

心なしか震えた声。何かを願うようにリボンの前で組まれた両手。

「――冗談でしょ?」

咄嗟に出た私の疑問に、佐藤さんは精一杯首を横に振って答える。

私と佐藤さんは互いを見つめ合ったまま黙った。

突然の告白は嘘じゃないらしい。他に好きな人がいるからと振ったのも、嘘じゃないらしい。嘘じゃないのは分かった。分かったけど、分かったからこそ謎がある。私は佐藤さんのことをよく知らない。知ってそうなことといえば真面目そうってところぐらい。同じように、佐藤さんが私のことを知っているのは、不真面目ってぐらいだ。

それでどうして私を好きになれるか分からない。

佐藤さんは沈黙に堪えかねて、同情するように尋ねてくる。

「……変だよね」

「いや、変じゃない……と思う」

言い淀んだのは、きっと私が言われたからだ。その淀みがどれほど佐藤さんを不安がらせるか分かっていても、言い切れなかった。

変かどうかは私には分からない。何がどう変かと訊けるほど、私は佐藤さんを知らない。もし佐藤さんを知っていても、何が変だと思うのか、までは訊かないと思う。誰が誰を好きで、誰を好きでいたいかということを変だとは言いたくない。そういうのは集団の役目であって、私じゃない。

私は正直に自分が戸惑い、混乱していることを佐藤さんに伝える。

「変じゃないと思う。誰が誰を好きでいるのか、いたいのかは自由だから。でも、……でもって言うのはおかしいことかもしれないけど、どうして私なの? 私も佐藤さんも互いに知らないことの方が多いでしょ?」

佐藤さんの返事は早かった。そう訊かれるのが分かっているような早さで、否定されるのを怖がっているようでもあった。

「多くのことを知ってないといけないの?」

「いけないってわけじゃない。びっくりしただけ。そんな知らない人を好きになれる?」

「うん、好き」

佐藤さんの答えは正直で、はにかんだ笑顔を私に向ける。そんな顔を見せてくるなんて思わなかったし、私は逃げるように顔を伏せた。

「どうして? 好きになれるところなんて……」

「私と一緒だから」

一緒にしないでほしい。ぐっと唇を噛む。吐き捨てるように言う。

「どこが」

「私もあなたも一人だから」

佐藤さんを睨む。

「それが何? 一人でいるから何? それが佐藤さんと一緒ってこと?」

佐藤さんは怯えた調子で、それでもはっきりと話す。自分の思いを言葉にする。

「だから話せた。この人だったら、否定しないだろうって。全く身勝手に安心したの。……ごめん」

謝られると困る。熱くなった頭が冷やされて、意固地になった自分が馬鹿みたいだ。悪いのは佐藤さんなのに、途端に私が悪者みたいな気持ちにされる。でも、佐藤さんが謝る気持ちが分からないわけじゃない。

「……良いよ別に」

「ごめん」

「そう謝らないでよ。こっちが困る」

気まずい沈黙が降ってきそうで、佐藤さんはポケットにしまったピアスを私の机に置こうとする。これでこの話は終わりだ、というように。

私はあれほど探し回ったピアスへの執着を失っていた。冷めた眼差しでピアスを見下ろす。

理由は私にも分からない。今はピアスよりも、気になるものがあった。

私と佐藤さんは、きっと私と佐藤さんが想像しているよりもずっと全然違う。好きなものとか嫌いなものとか苦手なものとか、互いに見せている部分とか。

でも私と佐藤さんは周囲から見れば、同じだ。互いに一人ぼっち。知らないことの方が多い二人だろう。だから気になったのかもしれない。集団に戻る気はないけど、二人にならば戻れるかもしれない。それに相手は同じ女の子。今までとは違う。同じようなことにはならないと信じたい。

机に置かれたピアスを佐藤さんの方へ差し出す。

「あげる」

佐藤さんが戸惑った顔でピアスと私とを見比べる。

「……なんで」

私は佐藤さんのように正直に自分の気持ちを伝える気になれない。昔のことを思い出して、勝手に怖くなる。でも、佐藤さんにはそれで十分なような気がした。

「今日、新しいの買いに行くから。二人で選ぼう」

「いいの?」

「うん、私より私が似合うの知ってるかもしれないじゃん」

放課後、私達はお揃いのピアスを買った。フック型じゃない、小さな、私達だけが分かるものを。〈了〉

 


 

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