「さとりと電話」
古明地さとりは覚であり、人の心を読んで一方的なコミュニケーションを図る。しかし、妹である古明地こいしの心は読めず、コミュニケーションを取ることが難しい。
ゆえに、さとりが心が読めないのは、妹であるこいしだけだろうと思っていた。
「――聞いてる?」
「……ええ」
「それ生返事じゃない?」
「聞いてましたよ」
「じゃ、私が何て話したか言ってよ」
「……私の話がつまらないってことでしょう?」
「ほらやっぱり、聞いてないじゃない」
さとりは心の中で、溜め息を零す。さとりの手には長方形の細長い機械がある。さとり以外の少女の怒りに似たような呆れた声は、そこから響いていた。
この機械は河童が謎の技術を駆使して作った携帯電話と呼ばれるもので、電話交換手も必要なく部屋のどこかで電話を置く必要がない。この携帯電話に割り振られた番号に電話をかければ、着信が入る。そういう仕組みらしい。
どこかへ行きがちなこいしの首にかけさせ、何かあった際には電話をかけるように伝えてある。
しかし、さとりが電話をしている相手はこいしではない。全く別人で宇佐見菫子という女子高生である。本人曰く、本物の超能力者。
さとりは菫子の顔を知らない。会ったことがない。さとりは他の妖怪達との接触を避けるように、地霊殿から出ないようにしている。覚妖怪という心を読める妖怪は、妖怪の中でも不気味がられる。さとりもそのことは理解しており、地霊殿から出ないでいるならばそれで良かった。
河童が発明したらしいこの携帯電話があれば、こいしの所在を確認するのも難しくなく、地霊殿まで帰ってくるように誘導することもできる。こいしの所在が分からなくなり、さとりが重い腰を上げて地霊殿を出て、幻想郷を探し回るという必要もない。良いことである。
この女子高生から電話が来るまでは、さとりはそう思っていた。
菫子からさとりの携帯電話に電話がかかるようになったのは、菫子曰く、偶然らしい。ある夏がもたらした不可思議なことと言ったのは菫子であったかさとり自身であったか……。
菫子はさとりの携帯電話の番号を知らないし、さとりが自身の携帯電話番号を教えたのは、こいしだけだ。それがどうして菫子がかけてきたのかというと、さとりが携帯電話を持ち始めて間もない頃に菫子が話してくれた。
菫子はとある電話番号をかけたら、さとりの携帯電話に繋がった。そんなことは有り得るのか、とさとりは思ったが、菫子と会話を続けられる現状から、菫子が嘘を言っているとは思えない。
電話は、さとりにとって不利であり不便な部分がある。こういう時、心を読んで、嘘か嘘ではないか明らかにさせるのだが、電話では声の大きなや高低で見抜く必要がある。覚妖怪であるさとりはそういうことをほとんどしたことがない。精々、こいしと話す時ぐらいだ。
覚妖怪であるさとりが心を読まずに人と話す時が来るとは考えてもいなかった。
さとりの持つ携帯電話は河童により作られた。幻想郷にある携帯電話は多くは河童が作ったと豪語していたし、嘘偽りではない。携帯電話には各々に別個の番号が割り振られており、そこに電話をかける。菫子がさとりの携帯電話の番号を知らずに着信を入れるのは可能なのであろうか。さとりには分からなかったが、初対面だった菫子はこれは超能力である、と力説した。つまり、菫子の超能力により、さとりの携帯電話に繋がった。
そう言いたいらしい。馬鹿げているとさとりは思ったが、否定できるほどの材料を見つけられず、かもしれないわね、と曖昧に返事をした。
それから今日に至るまで、菫子は度々、さとりの携帯電話に着信を入れてくる。着信履歴に菫子の名前が並びに並び、辛うじてこいしの名前を見つけることができた。
さとりは読書の邪魔をされたくなかったので、そういう時は電話に出なかった。出たとしても、本を読んでいるから後にしてちょうだい、と言うと菫子は感想よろしく、と言って、さとりからの着信を待った。さとりから連絡を入れる用事はなかったし、本の感想を話す必要もなかったのだが、待っているということを知らされてしまっていふ限り、無碍に扱ってはいけないような気がした。
さとりは携帯電話でのコミュニケーションが得意ではない。心が読めないと無駄なストレスがかかる。ストレスがかかるのだが、結局、菫子と話す。
菫子が話すことは、大体が愚痴のようなもので、超能力者というのは世間から疎まれるらしい。菫子は、こいしのようでさとりのようであった。だからか、さとりは菫子に同情のような何かを懐いていた、世間から疎まれる辛さを、さとりは体験したことがあったから。
だから、さとりは菫子からの電話を断ることはなく、律儀に毎回、出ていた。
季節はそろそろ秋になろうとしていた。夏が終わる頃になると、菫子から連絡が来る頻度は少なくなった。それで、さとりの日常は帰ってきたような気がした。静かに、本を読む日々。それで良い気がした。しかし、本を読み終えて、さとりは自然と携帯電話の画面を見た。菫子からの着信がない画面を。
さとりは、携帯電話を用いたコミュニケーションが得意ではない。さとりは心を読んで一方的なコミニケーションを図る妖怪である。
さとりが菫子に電話をかけたのは、この時がはじめてだった。少しのコールの後、夏の間に聞き慣れた菫子の声。夏の頃は元気で明るい声だったのに、今は少し驚きと戸惑いと期待が混じった。そういう、もしもし、だった。さとりは微笑を零して、こう訊いた。
「あんなにうるさかったのに、電話が来なかったから気になりましたので。元気ですか?」
<了>
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