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生成AIは「読むためのツール」として使うと変わる
生成AIは文章を書くためのツールとして語られることが多いが、実際には読むためのツールとして使ったときに理解と文章の両方が変わると感じている。
この記事では、特に技術書を読む際に行っている生成AIの使い方と、その結果として起きた変化について書く。
結論から言えば、正しく読めるようになるとそのままAIっぽくない文章が書けるようになる。
基礎が曖昧なまま進んでいた
この方法が向いているのは、生成AIでコードや文章を書いているが基礎理解が曖昧なまま進んでいる人だと思う。自分もその状態にあった。Webの実装はできるし、WordPressも触れる。フォームやメール処理も組める。
それでもHTTPやRESTを説明できるかと言われると曖昧なままだった。
この状態を解消するために、本を読みながら生成AIを使うようになった。
技術書が「分かった気になる」理由
技術書を読んでいると、なんとなく分かった気がするまま読み進めてしまうことがある。読み終えた後に説明しようとすると言葉が出てこない。分からない部分をそのままにしていることが原因だと思う。
HTTPやURIやRESTのような概念は、一度引っかかると曖昧な理解のまま積み上がる。
生成AIを使った読書のやり方
やっていることは単純で、分からないところで止まることから始める。
プロトコルとは何か、URIとURLの違いは何かといった違和感をそのままにしない。
その疑問をそのまま生成AIに投げる。整った質問にする必要はなく、引っかかった状態のまま聞く。そのあとに自分の言葉で言い返す。
プロトコルが約束ならHTTPはやり取りのルールという理解でいいのか、といった形で確認する。この往復で曖昧な理解が説明できる理解に変わる。
構造で理解できるようになる
この読み方を続けていると構造で捉えられるようになる。
HTTPはやり取りのルールで、URIは識別で、HTMLは表現で、RESTは設計思想として整理できるようになる。実装とも繋がる。
Webhookの500エラーやフォーム送信やログイン処理が、なんとなく動いているものではなく構造として説明できるものに変わる。
文章の質も変わる
ここで変わるのは理解だけではない。
文章の書き方にも影響が出る。理解の流れがそのまま文章の構造になる。引っかかったポイントが具体性になる。自分の言葉で整理しているため、書いた文章がAIっぽくならない。
どこでつまずいたか、どう理解したか、どう繋がったかを書くだけで、説明ではなく過程を共有する文章になる。
本の種類によって読み方は変わる
この読み方は技術書には有効だが、すべての本に同じように適用できるわけではない。
小説を読むときは体験が中心になるため、途中で止まりすぎると流れが途切れる。
新書の場合は主張や論理の構造を追うことが重要になるため、要点の整理や論点の確認に寄る。
生成AIとの相性も少し違う。
技術書では概念の言い換えや理解の確認に使いやすく、最も効果が出やすい。
新書では要約や論点整理の補助として機能する。
小説では解釈の補助や表現の分析には使えるが、読みの体験そのものを代替するものではない。
生成AIは思考の代替ではない
生成AIの役割は思考の代替ではない。
概念を分かりやすくすることや言葉を整理することや理解のズレを修正することにある。
構造や判断まで任せると無難な文章になりやすく、体験も薄くなる。思考と構造は自分で持つ必要がある。
まとめ
生成AIを使った読書は理解を深め、実装と繋がり、そのまま文章の質を上げる。
分からないところで止まり、そのまま聞き、自分の言葉で確認する。この繰り返しで読むことと書くことが分断されなくなる。理解した過程がそのまま文章になる。
生成AIは書くためのツールとして使われがちだが、読むための補助として使った方が結果的に良い文章に繋がると感じている。