【シャニマス】空洞の熱

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「空洞の熱」

うちの高校には不良の女子がいる。

金髪で、昼休みには屋上にいる。

屋上へと続く階段には年に一回使うぐらいの備品が置かれて、通れないと誰もが思い込んでいた。

でも実際はそんなことなくて、鍵がかかっていないと部活の先輩に教えてもらった。それから、俺がそいつに教えた。学校にいるけれど、他の奴等と全然一緒にならなかったそいつに。

そこで昼を食べるのが、俺とそいつの数少ない交流の場だった。購買で買ったパンを片手に、屋上へ出る。

長かった梅雨は夏休みが近いた頃に、ようやく終わった。雲一つない清々しい青空が広がっている。そんな青空の下で、女子が一人で昼を食べている。

「また来たのかよ」

邪険に扱うような言い方だけど、顔はそんなことなく俺を歓迎してくれているように朗らかな笑顔を見せてくれる。

西城樹里。それがそいつの名前で、中学からの付き合いが続いている唯一の同い年の女子でもある。
俺達が通っていた中学からこの高校に進学する奴はあんまりいない。大体が中学から程近い高校に進学するか、全く全然遠い私立に進学する。電車で数十分、駅を二つ三つ隔てたこの高校は、中学から続いていた縁を切るには丁度良かった。

だから西城と再会した時は驚いた。

「いいだろ、来たって」

「あんたは別に来なくたってどこでも食えるだろ」

「俺にも色々あるんだよ」

少し無愛想に言うと、西城は何も言わなくなってパンをかじる。西城の隣に座って、昼を食べる。俺達の間に流れる沈黙は今日が初めてじゃなかったし、別に沈黙が苦痛になるような関係でもなかった。俺も西城も、もっと苦く、逃げ出したくなるような沈黙を味わったことがある。

昔の西城は今みたいに金髪に染めてなかった。

黒いショートカットが似合っていて、スポーツ万能な、特にバスケがうまい女子だった。でも中学の途中でバスケをやめて、髪の色も変えた。

西城がバスケや友達と距離を取ろうとしていることは明らかだった。俺は女子バスケ部で何かあったことは噂で聞いていた。西城が怪我をしたとかそういうことではなく、部内で何かが上手くいなかったらしい。どれもこれも、らしいというもので、確証はどこにもなかったし俺が深く立ち入ることじゃなかった。

だから今も知らない。もしこれから先、その真相を知れる機会があったとしても、俺はきっと知ろうとしないだろう。西城の口から直接、聞けるようなことがあっても。それはきっと、西城を傷つけるようなことで、そういうこととは無縁でいたかった。

根の葉もない噂やありもしない噂で盛り上がって仲良くするのは、もうごめんだ。そんなことをしないと仲良くなれないんだったら、俺は一人が良い。関係がぎくしゃくして、孤立するぐらいだったら、最初から一人の方が良い。

「……色々って?」

終わっていたと思っていた話題を掘り返したのは、昼を食べ終えた西城だった。三つ目のパンを食べようと思っていた俺は、まだその話を続ける気かよって言いたげな視線を送る。

西城はバツが悪そうに言う。視線を逃げるように泳がせ、そっぽを向く。

「あー、わりぃ……。言いたくなかったらいい」

そう言われると困る。色々って言ったけど、多くのことはなかったし夏が近づいているってことは、先輩は大学受験に本格的に集中するようになって、部の中心となるのは俺達になる。皆をまとめるのが、俺になる。

中学の途中から始めた水泳が、こんなことになるとは思わなかった。俺はただ、人より速く泳げれば良かっただけで、部員をまとめるのは違う。そういうのはもっと別の奴の方が向いている。

「ずるくないか?」

「はぁ? 何言ってんだよ?」

「いや、その言い方はずるっしょ。俺が言わなかったらあれじゃん」

「あれってなんだよ?」

「あれはあれだよ」

「どれだよ……」

「三年、引退するじゃん。そしたら、俺達の代になるわけ。そういうことを考えると、もうあれだなって」

「え、進路とかもう考えてんの?」

全然見当違いな質問に、俺は呆れた。

「なんでそうなんの?」

「え? ……なんだ違うのかよ、紛らわしい」

「俺、一言も自分の進路とか言ってなくない?」

「言ってないけどよぉ……」

「西城は考えてんの?」

「何も考えてない」

「だよなぁ……良かったぁ、俺もだわ」

俺が放課後に泳いでいる頃、西城はさっさと帰宅している。運動部は当然入らないと思っていたけど、文化系の部活にも入らないとは思わなかった。

誰かと一緒に一つの目標に向かって頑張ることは、西城にとってもう終わったことなのだろうか。
誰かとが難しいなら、水泳とか陸上のようにただひたすらタイムを狙ってもいい。そういう楽しみ方もある。俺のように。

でも西城はそういう選択もせず、一人でいる。それが良いことなのか悪いことなのか分からない。でも。でも……。

でもと思うのは、俺が西城のような中学生活を送らなかったからこそ思えることで、きっと俺のエゴだ。このエゴを貫いて、西城に何かを強制させるほど、俺は彼女と親しい関係じゃなかった。それでも……。

「良い夏にしような」

昼を終えた俺は、そう言って屋上を去った。背中で、西城の、お、おう……っていうよく分かっていない返事を聞いて。

俺達が出会い、喋るのは屋上だけだった。西城には西城なりの過ごし方があって、俺には俺の過ごし方があり、たまたま偶然、昼の過ごし方が重なり合っているだけだった。互いに互いのことを干渉しあわない今の関係が、心地よかった。

西城がどう思っているかまでは、聞けそうにない。そういうところまで踏み込んでしまうのは、きっと俺がやっていいようなことじゃない。

西城の生活に、熱が抜け落ちたのは中学の時だ。

登校するけど、前のように友達に囲まれるようなことはなく一人で勉強をして、一人で帰っている。そんな生活を続けている。

それが西城にとって良い生活なのか分からないけれど、抜け落ちた熱をそのままにしているようで、まだ西城自身がその熱を再び手にしようとしているような気がする。

でも、一度の過ちが、そうさせてくれない。

夢中になっている西城は今よりもっと輝いていた。夏の太陽に負けないぐらい熱くて、輝いて見えた。そういう西城を知っているから、今の西城がこのまま高校を卒業して、どこかの大学に進学してというのを見届けることはしたくない。

でもそういうことを直接、西城には言えない。
もう一度頑張ってみようだなんて言葉は、部外者の都合の良い言葉に過ぎない。俺も西城も、もう十分なほど傷ついた。……ただ俺の方が回復が早かっただけだ。部の仲間や友達と上手くいなかったけれど、別の目標を見つけて、立ち直ることができた。それだけだ。

だから西城にも……。

 

翌日もその次の日も、西城と屋上で昼を食べた。

互いにそんなに喋り合うような関係じゃなかったけど、明らかに俺のせいで前とは違う微妙な空気の悪さがあった。

でも俺も西城も口にしなかった。ただ昼を一緒にするだけだから、そこまで深く関わるのもおかしいと思っているのかもしれない。そうだと助かる。

明日から夏休みだったがこのまま夏休みに突入して、微妙な空気になるのは嫌だった。他の生徒は帰ったり、部活に行くけど、俺は屋上に向かっていた。僅かな可能性を信じて。

屋上に出ると西城の姿があった。

驚く俺を他所に、屋上から学校を見渡す西城の横顔は不思議と憂いに満ちていた。

珍しい表情に、俺は静かにまた驚いた。

「……帰ってなかったのかよ」

「一ヶ月も学校来ないってなると、ちゃんと見ておきたいんだよ」

「感傷ってやつ?」

「だな」

西城が話題を変えようとして、俺は遮るように答えた。

「なぁ」

「何もなかった」

「まだ何も訊いてないだろ」

「いやまぁあったんだけど、あったんだけど……」

「なんだよはっきりしないな……」

「そういう問題なんだよ」

「まぁ、タイムも勉強も頑張るしかないだろ」

俺が思い悩むのは、タイムと勉強しかないと思っているらしい。確かに普段だったらその二つのことでしか思い悩まないとその通りなんだけど、今回は全然違う問題だ。

タイムも勉強もそんな一日二日頑張って何とかなるような問題じゃないんだわ。西城は知らないと思うけど。

「俺はどっちも頑張ってるけど?」

「数学は得意になったのかよ?」

「数学なんて将来使わないから赤点でもいいんだよ」

「どうすんだよ使うかもしれない時が来たら」

「そん時はそん時よ。諦めて、人に教えてもらうわ」

言い切ると西城は笑った。

数学があまりにできなさ過ぎて、夏休みに呼び出される俺と違い、西城はまぁ勉強ができる。中学の頃から補習とかで呼び出されたのは見たことない。一教科捨てていいって考えている俺とは違う考えのようだ。

「そんなんだから補習常連なんだよ」

「補習は楽しいんだぜ?」

「いやだったら……」

西城に続きを言われるより早く言う。その続きは補習中に散々聞かされた言葉だ。

「テストでも頑張れよ、だろ? 無理無理。そんな器用じゃないんだよ俺」

呆れたように笑う西城に、俺は半ば強引に話題を変えた。

「補習もなくて賢い西城は、夏休みどうすんの?」

「どうって、別にどうもしねーよ」

「バイト三昧?」

「親がなぁ、駄目って言うんだよなぁ……」

「マジ?」

バイトしてると思ってた。

え、じゃ、西城は帰宅部でバイトもしてないってこと? え、マジか。じゃ、普段何してんだ……? 学校の他の友達とかと過ごしてんのか。

いやでも、西城は機械に疎い。携帯とかスマホとか持ってたけど、親に持たされたって感じ。

連絡入れても返事なかったとかかなりあったらしい。電話あるじゃんって本人は言うけど、その連絡先を知らない。多分、西城のスマホに家の人以外の連絡先ってないんじゃないか……。

そんな女子が、学校以外で知り合いとか友達とか作れるのか分からない。分からないっていうか、無理だろ。

滅茶苦茶怪しく思っていたのが西城に見つかって、少し怒ったように言われた。

「色々あんだよ色々」

西城が何か隠している気がしたけど、俺が無遠慮に突っ込んでいいことではないだろう。俺も色々って誤魔化そうとしたことがあったし。その色々なことが、西城にとって良いことになることを応援することしかできない。

「まぁ何でもいいよ。その色々なことで頑張ろうな」

俺の返事を聞いて、西城が思いの外真面目な調子で言った。

「前から思ってたんだけど、訊かないんだな」

「訊かない?」

「何があったのかとか、そういうこと。あんたも色々、噂とか耳にしてんだろ」

西城の言う噂が何なのか分からない。中学のバスケ部でのことなのか、高校に入学してから浮いていることなのかとか。でもどちらであれ、周りで西城について話しているのは聞いたことがある。その確認をしてきてほしいと俺に頼むことも。

「あー、うん、まぁ、噂は知ってる」

「聞きたくなんないのかよ?」

「その、あれか、噂のこと? 本当かどうかとかそういうこと?」

「そう」

「じゃ、俺が彼女と別れた話聞きたい?」

俺の突然の問いに、西城は慌てた。

「え、は? え、いたのかよ彼女……」

「いた。いたんだよなぁ……。で、その話、聞きたい? 話していい?」

中学の頃から彼女はいたけど、高校に入って自然消滅したし、高校に入ってからの彼女も別れた。西城を気にかける俺が嫌だったようだ。

「したいのかよ、その話」

「あんまりしたくない」

「じゃ、いい」

西城が拒んでくれて良かった。もしここで西城が他の女子みたいに聞きたいとか教えてほしいとか言われたら困った。

彼女がいた、別れたっていう簡単な説明だけで納得しないだろうし、その原因を答えないといけなくなったら、もうそれは大変だ。

俺は心底、安心した。でも、心のどこかでは西城はそういうところを踏み込んでこないと分かっていた。そういうところが俺と似ていると思ったから。

「良かったよ西城がそういう女で。まぁ、こういうことよ。西城が言いたくないことを言わせたくない」

「言いたくなったら、聞いてくれんのかよ?」

「まぁ、聞くぐらいなら?」

「あんた、優しいんだな」

褒めるように言った西城に、俺は自虐的に笑った。

「臆病なだけだよ俺は」

優しい奴だったら、中学の時に西城の近くにいただろう。空回っている西城の近くにいて、上手く支えたことだろう。

でも、俺はそういう役回りから逃げた。自分の役目じゃないと思ったし、そんな気にかけることをしなかった。

言い訳が許されるなら俺には彼女がいたし、自分のチームのこともあった。

同じ部活の女子が途中で辞めようが関係なかった。一人が抜けてもチームが上手く機能して、試合に勝てるならそれで良かった。

と、あの時は思っていた。

でもチームの和は乱れ、勝てなくなって、楽しくなくなった。勝ちたいという思いと俺の技術や身体が噛み合わなくなり部で孤立した。そうして、泳ぐようになった。

俺は西城が言うような優しい奴じゃなくて、卑怯で臆病な、自分のことしか考えていない奴だ。

「本当に聞いてくれんのかよ」

疑うように、何かを確かめるように言われた。見透かされたようで、気持ち悪い汗が背中を伝った。
なんでこいつはスマホの使い方を知らないんだ……。俺はノートの切れ端に自分の連絡先を書いて、西城の手に握らせた。

「夏休みに言いたくなったら、連絡しろ。スマホの使い方は誰かに教えてもらえ。じゃ、俺、練習行くから」

そう言って、恥ずかしくなって屋上を離れた。

その日の夜、西城から連絡はなかった。

次もその次もなく、どうしてか期待している自分に苛立って泳いで、数学の補習に出ていた。

そんなふうに夏休みを過ごしていたある日、コンビニで西城の姿を見た。

雑誌の表紙に、西城の姿があった。他の女の子の姿もあった。雑誌の表紙を飾る西城の顔は、強張って緊張していて、高校では見せない顔をしていた。

誰にも見られないように急いで雑誌を買った。

補習はサボって、家に帰った。熱中症とか嘘をついて、クーラーのかかった涼しい部屋で、そっと雑誌を読む。

心臓は聞いたことがないほどうるさい。汗は全然引かず、暑い。

表紙を飾った西城達は、新進気鋭のアイドルグループ・放課後クライマックスガールズというアイドルグループだった。……アイドルグループ。あの西城がアイドルをしている。

驚きとか尊敬とか色々な感情が混ざって、全然整理できない。

雑誌にはインタビューも収録されており、どうやらCDデビューも決まっているようだ。

雑誌の中で語る西城は、俺の知らない西城だった。自分より年上の女の人と話したり、小学生と話したりしていると、学校での浮きっぷりはなんだったのか分からなくなる。

高校に居る時とは全然違う溌剌とした笑顔を振り撒くその姿は、中学の時に見ていた笑顔だった。

中学の時に失ったものを、西城がアイドル活動で得ているのは、その顔を見れば分かった。

それで良いはずなのに、俺の心はどうしてから苦しい。

中学の時には力になれなかったけど、高校だったら何かできると思っていた。俺を頼りにして西城が楽しい生活を送れるならそれで良かった。

でも西城は自分で、その道を見つけた。失った熱が蘇ってくる場所に、西城は身を置くことができた。

良いことなのに、喜べない。祝福できないのは、俺のせいだ。俺個人の問題だ。

激しい動揺が、目の端に涙を浮かばせる。

……好きだったんだな、西城のこと。

告白できなかったのは、西城の古傷を利用したくなかったからだ。そんなものを利用して、西城を振り向かせたくなかった。

そんな時、スマホがメッセージが届いたと知らせてくれる。

見たことのない番号に、短い本文。

『西城だけど、届いてる?』

反射的にすぐに見てしまって、メッセージの下には開封済の文字。ご丁寧に開封時刻付き。

最悪だ。

なんて返事をすればいいんだよ。誰だよこのタイミングで西城にスマホの使い方を教えた奴……。
西城から連絡があったことは嬉しいことだけど、もうなんで今なんだよ。

高校の同級生からアイドルになって、片想いの相手になって、なんだよこれ……。この極短い間で、何度、西城の見方を変えればいいのか分からない。

西城にとって俺は、夏休み前に連絡を取ってなかった同級生って程度でしかないし、向こうに俺のような気はない。

アイドルと恋愛とか付き合うとかそういうのは良くないことは、俺でも知ってる。

西城からの連絡を無視することはできなくて、俺は短く、届いていることだけを教えた。

話したいことや聞いてみたいことは、いくつもあった。続けてメッセージを送れば教えてくれるかもしれない。

何度も文字を打っては消して、結局送らなかった。打った文字の中には、西城を好きだったという文字列もあった。けど、全てを消した。

西城の過ごす夏を、乱したくなかった。夢中になってアイドルとして活動する西城の邪魔になりたくなかった。

西城が、かつてのように熱を取り戻してくれるだけで良かった。

散々迷って、ありがとう、という短い感謝の言葉だけを送った。

開封済みの連絡も返事もなかった。

きっと、アイドル活動の最中なのだろう。〈了〉


 

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