初めて作った一次創作同人小説30部が文フリで1部しか売れなかったけど通販で完売した話

今年の1月に京都で開催されました文学フリマに出店しました。

その時の作品や当日の様子は下記に詳しく書いております。

改めて一言でまとめますと、非常に大変で難しい即売会だったというものです。

当日会場で一部も手に取られず、心が折れて、同人活動をやめられる方がおられても全然おかしくないと思います。僕も、もし一部も手に取られなかったら、公募原稿に一層集中すると限りなく本当のことを言って、以降の文学フリマの出店をしなかったことでしょう。

イベント後、BOOTHで自家通販をしておりました。先日、会場で1部しか売れなかった残りの同人誌が、完売いたしました。この場でも、改めて、お買い求めいただいた皆様にお礼申し上げます。ありがとうございます。

この記事は、30部の一次創作同人小説(以下、同人誌と表現します)を完売するために、作者である僕が何をしたのかということを書いていくものです。一部はX(旧:Twitter)でポストしたものがありますので、重複していると思われますがご了承ください。

きっとおそらく、同人誌を何部刷ったのかということを公言することは良くないと思います。頒布価格と売れた部数の単純な計算で売り上げが分かりますし、奥付の印刷所の見積もりから印刷費は幾らかかかったのかとかも知ろうと思えば知れます。

そういうことを考慮して、僕も文学フリマ京都に出店した記事を書いた際には、意図的にぼかしておりました。

ですが、初めて作った一同人誌が30部売れたと具体的な数字を出すことによって、今後、文学フリマに出店される方や同人誌を作れる方の励みになるだろうと思い、部数を明らかにしました。

初めて作った同人誌が30部完売したといえど、作者である僕は普通の書き手と何ら変わりません。

小説を書いて、何か賞を受賞した経験はありません。精々、三次選考に残ったことがある、程度です。プロになろうとして新人賞に投稿を続けているアマチュア作家です。

二次創作で同人活動は2014年頃から続けておりますが、二次創作の読者が一次創作の時もついてくることはありません。数字の面で言えば、10分の1、100分の1程度、少なくなると覚悟した方が良いかもしれません、というより、いないと思って活動した方が良いです。二次創作と一次創作で求められるものが違いますので。

Xも使用しておりますが、フォロワーは100程度。文学フリマ京都のことで動いていた時期は記憶が確かでしたら、Xは個人サイトを更新した時にのみポストをし、フォロワーと関わるようなことはありませんでしたし、もっと少ないと思われます。Xのアカウントは何度も削除しておりますし……。

pixivやカクヨムやなろうなどの投稿サイトに投稿しておらず、個人サイトに書いた小説を投稿しておりました。

個人サイトのPVも全く多くありません。更新した時に5いけば良い方です。

こんなふうに活動していても、同人誌30部が完売しました。これから活動される・活動したいと思っている方の希望になれるのではないでしょうか。

以下で語られる作者が行ったことのほとんどは、作品を作る前・印刷所に入稿する前にしたことです。沢山の時間があり、色々なことを考える余裕があり、多くのことを行えました。

大きく分けると下記の三つにまとめられるかな、と考えられます。

・作品を作る前に考える、同人誌って読む? という問題→表紙と組版について。本文に至る前の外側の話

・本屋で本を見ている時に考える、何を見ているのか? という意識→冒頭と合う合わない問題の話

・無名な同人作家が目指すべき方向性とは何か→物語と文章の話

当日に作者ができることなどにつきましては、他のサイトで確認していただけると幸いです。

何故なら、文学フリマ京都当日、作者はサークルスペースに黙って座っていただけだからです。

それでは、よろしくお願い申し上げます。

・作品を作る前に考える、同人誌って読む? という問題

大前提であり、酷な話を最初にしますが、同人誌は読まれないです。

漫画でしたらまだしも、紙媒体で、名前も実力も何を書いているのかもよく知らないアマチュアの小説を買って読む方は、ほぼいないと断言しても良いと思います。

仮にアマチュアの作家の作品を読むとしても多くの方はスマホなどを投稿サイトや電子書籍で読まれることでしょう。

ですが、一次二次・文学フリマに限った話でありませんが、同人誌即売会という同人誌を印刷して作り、頒布する即売会は多くあります。

きっと多くの方は、同人誌の本文を力を注ぎ込んでいると思います。僕もそうです。ですが、上にも書いております通り、同人誌は読まれないです。名前も実力も、何を書いているのかよく知らないアマチュア作家の作った同人誌を手に取り、読み、買うということは非常に稀なことです。

これは換言すれば、同人誌を手に取るまでもなく、

・誰が

・何を

・どういう話

を書いているのか分かれば、手に取ってもらえる可能性がわずかながら上がるということです。

ですので、本文と同じように、外側の部分、手に取られる前に目につく部分をどうするか、考えた方が良いです。

自分が一生懸命作った同人誌が手に取られず、寝る間を惜しんで書いた作品が読まれないのは、きっと誰だって嫌なことでしょう。

だからこそ、手に取る前に分かる部分、読む前段階である同人誌を見た段階で分かる部分、すなわち、表紙にこだわるべきです。

これは何も良い装丁にしろとか良い紙を使えとかそういうわけではなく、文字を読む前段階で、同人誌がどういう作品なのか分かるように表紙でアピールした方が良いというものです。

そこで僕は今回、絵を描かれる方に表紙を依頼しました。

やり取りを見返すと11月下旬頃に、同人誌だけど可能でしょうか? と打診して、可能であると返事をいただき、正式に依頼をし、以降、密に打ち合わせを重ねた次第です。

作者はこの段階で、同人誌の本文を書き終えておりましたので、打ち合わせに求められた際の情報の提供は即座に行うように心掛けました。年齢・容姿の描写・話の顛末等々を加速的速やかに、返事しております。文章から絵を起こすという作業は僕が思っているよりも遥かに大変だろう、と想像できましたので。しかも、同人誌の表紙となれば、僕の想像を遥かに超える難しさだったと思います。

氏のXのポストの一部分を引用しますと、

一次創作同人小説の表紙は難しい。なぜなら「表紙のキャラクターを知っている読者が存在しない」「なんなら著者も知られていない」「レーベルの後ろ盾がないので文章力も構成力も不明」そんな中で最大限にハッタリを効かせながら、嘘はつかず、誠実に徹し、著者の文章力を信じて、通りすがりの人に秒で情報を叩き込むデザインを練らなきゃいけない。 なにしろ特注品なので、コンセプトの確認や市場調査は密に地道にやるしかありません。

とのこと。

こうして、「秒で情報を叩き込むデザイン」の表紙絵が完成した次第です。

この場を借りて、改めて、お礼申し上げます。ありがとうございます。

・本屋で本を見ている時に考える、何を見ているのか? という意識

本文と表紙絵が出来ましたが、それだけでは同人誌になりません。組版という作業が必要になってきます。普段は僕自身でインデザインと格闘しながらやっているのですが、文学フリマ京都の時期は多分ですがスマホしか手元になく、家で慣れたアプリやソフトで組版作業ができない状況でした。ですので、これも外部の方に依頼しました。やり取りを見返すと、11月上旬に打診しております。

2023年1月の文学フリマ京都をスケジュールで振り返りますと、下記のようになっておりました。

2022年6月 本文完成

2022年11月上旬 組版打診

2022年11月下旬 表紙絵打診

2023年1月 入稿

組版も表紙も必ずしも外部の方に依頼する必要はないと思います。自分でできるでしたら、自分でして良いと思います。ですが僕は今回、全くの無名である作家の本を一人でも多くの方に手に取ってもらいたいという思いが強かったので、自分よりも表紙や組版の分かる方、スキルの高い方に依頼しました。

「秒で情報を叩き込む」表紙が手元に届きました。表紙を見て、どういう本なのか分かると思います。気になった方が手に取られることでしょう。

手に取られて、中身を確認されると思います。ここで組版が上手くいっていない、本文をしっかり読む前に、読みづらさを読者に与えてしまえば、読みづらいから買うのを控える、ということになります。

つまり、折角、作者が心血を注いだ本文は全く読まれないということになります。あるいは手に取られて本文を読んだけれども買われないということが生じます。

手に取られて本文を読んでけれども買われないことについて、少し考えてみたいと思います。何故、そういうことが起きるのか、と。

手に取られている以上、表紙によりアピールは成功したと思います。組版的にもおそらく問題なかったのでしょう。それでも、買われない。一人の書き手として、非常に悩ましい問題だと思います。僕もその場にいて、そういう体験をしたら、少なからず思うところはあります。

ですが、本屋で本を買う時のことを思い返してみると、その行為は存外当たり前なことなのかもしれません。

本屋で本を買う時、きっと、つぶさに読んでいる方は少ないと思います。表紙やタイトル・著者を確認して、何となく気になるし、冒頭を確認する程度だと思います。

この「冒頭を確認する」を紐解きますと、

組版として読みづらくない

文章としても読みづらくない

面白そう

自分の感覚に合う

そういう判断を瞬く間にしていることでしょう。

「冒頭の確認」は最初の一行だけではなく、数行、あるいは1ページで判断しているかもしれません。

自分の感覚に合わないから買わないという理由でしたら、作者にできることはきっとないと思います。

ですが、自分の感覚に合うけど買わない場合は、作者にできることはあると思います。

・無名な同人作家が目指すべき方向性とは何か

表紙・組版と外部の方に依頼をして、連絡を密に取り合い色々とやってきましたが、本項目は本文です。本来であれば、最も早くに取り組まなければならないことです。

ですが、最後に持って来ました。同人誌の読者が本文に目を通すのは、表紙と組版が問題なかった場合だけですので。

本同人誌は、少年とお姉さんが結ばれる話が2つ、結ばれない話が2つ合計4つの短編を収録した短編小説集です。

そういうコンセプトですが、普通に読めて普通に面白い話を書こうという意識がありました。少年とお姉さんの恋愛を描いた小説が気になるけれど買わない、という方を取り零さないためにも。

少年とお姉さんの恋愛を描いたものと聞いた時、思い浮かぶことはいくつもあると思いますが、最低限必要な要素は共通していると思います。この物語を書く上で外せないもの、というやつです。王道と言ってもいいかもしれませんし、基本と言ってもいいかもしれません。

こう書くと、何だか読者に媚びているのではないか、作者は書きたい話を書けばいいと思う方はいると思います。気持ちは分かります。ですが僕は、基本は押さえておく必要があると思います。そうでなければ、作者の書きたい話、基本と比べて変化のある部分が見えてこない、読者に伝わらないと思います。

本合同誌、あるいは僕の書く同人誌が短編集なのは、そういう理由からです。

すなわち、

・このカップリングやコンセプトで想像できる基本的な物語

・このカップリングやコンセプトで活きる変化球的な物語

・作者の趣味や好みが色濃く出た物語

という3つの物語を読者の方に読んでほしいからです。同人誌を作っている時点で、作者の趣味や好みは色濃く出ているのでは? という疑問は置いておきます。

物語の方向性としてはこの3つですが、いずれも文章として共通していることがあります。上手い文章は人によって色々なものが出てくると思いますが、上手くない文章は共通していることでしょう。

文法的なミスがある

誤字脱字が多い

登場人物がどこで、何をしているのか分からない

登場人物が何を考えているのか分からない

前者2つは国語的な部分であり、修正は容易ですが、後者2つは少し難しいと思います。

色々なことを書かない選択も時としては必要ですが、後者のミスは、作者の頭の中でのみ物語が展開され、あるいは完結しているために生じることが多いです。僕もよくやってしまいます。

普通に読めて普通に面白い話というのは、この上手くない文章を書かずに、基本となる物語を展開している話というわけです。それで面白くなるのかと問われますと、面白くなると思います。基本的な物語で展開しているのにも拘らず漏れ出てしまう作者の趣味・個性というのが存在しますので。

選ぶ言葉、組み立てられた文章、登場人物の会話の中にも、きっとそういう作者個人の感覚は、作者が知らない間に物語の内に入り込んでいることと思います。

色々と書きましたが、これから即売会にサークル参加される方の何かしらの助けになれば幸いです。

追記:即売会にサークル参加せずに表紙は文字だけで組版も自分で行った「社会人百合短編集」が30部完売したので上に書いたことが助けになるのかは何も分からん。

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