目次
生成AIが考える僕の文体
生成AIに自分の小説を読んでもらうことが度々あります。繰り返し読ませると、自分の文体というものを生成AIは学ぶようです。自分の文体を真似させて小説を書かせてみました。
題材は、早春の夜。女性二人。800字程度。
一見すると確かに、僕の書くっぽいものが出てきました。ですが、引っ掛かる箇所が多かったです。
ひとまず、全文を掲載しますので、引っ掛かった箇所がどこなのか、共に考えてくださると幸いです。
最初の文章
駅前のスーパーは、二十四時まで営業していた。
店を出ると、風が少し冷たかった。二月も終わりに近いが、夜になるとまだ冬の匂いが残っている。
「鍋にする?」
美咲がビニール袋を持ち直しながら言った。
「別にいいけど」
そう返しながら、由佳は白い息を吐いた。スーパーの明かりから少し離れると、歩道の端が暗い。
白菜半分と、豆腐と、豚肉。後は缶ビールを二本買った。
二人で会う時は、大体こんな感じだった。
どちらかの家へ行って、適当に何かを作る。テレビを流して、途中から見なくなる。終電を気にするほど遠くもないので、帰ろうと思えばいつでも帰れる。
そういう距離だった。
横断歩道の信号が赤で、美咲が立ち止まった。
「今日、会社でさ」
と言ってから、少し黙った。
車が二台通り過ぎる。
「また辞める人いるらしい」
「へぇ」
「三月いっぱいだって」
由佳は信号の向こうを見る。コンビニの白い明かりが滲んでいた。
「まぁ、辞めるよね」
「うん」
それ以上、美咲は続けなかった。
信号が青になって、二人で渡る。
昼間に少し雨が降っていたらしく、道路の端がまだ濡れていた。街灯が反射して、薄く光っている。
由佳は歩きながら、今年もまた春が来るのだな、と思った。
別に嬉しい訳ではない。
冬が終わることに、特別な感情もなかった。
ただ、気づけばまた季節が動いていて、自分達は去年と似たような場所を歩いている。
そのことだけが、少し可笑しかった。
「ねぇ」
と、美咲が言った。
「ビール、足りる?」
由佳は少し考えてから、
「最悪、途中でコンビニ行けばいいし」
と言った。
美咲が笑った。
その笑い方を見て、由佳も少しだけ笑った
最初の文章で引っ掛かった箇所
冒頭の違和感|店を出た後に鍋を決めるのか
駅前のスーパーは、二十四時まで営業していた。
店を出ると、風が少し冷たかった。二月も終わりに近いが、夜になるとまだ冬の匂いが残っている。
「鍋にする?」
美咲がビニール袋を持ち直しながら言った。
ここでまず、「店」とはスーパーなのか、という小さな疑問が出ます。直前にスーパーと書かれているので、読者は店はスーパーだと補完できます。
小さい疑問ですが、冒頭から、そういう違和感を持たせてしまうのはまずいのではないか、と思います。駅前のスーパーが二十四時まで営業しているから、二人は別の店から出てきたところ、と考えることも可能です。僕は最初、そう読んで、鍋のやり取りが出てきたので、ん? いや、これ違うか、となりました。
既にスーパーを出ているのなら、「鍋にする?」という会話は店内で済んでいる方が自然ではないでしょうか。白菜、豆腐、豚肉を買う。鍋にする。作る物を決めることは、普通は買い物の最中に行われます。
読者は、人物の行動順序を無意識に追っています。店に入る、何を作るのか決める、商品を選ぶ、会計する、店を出る。小説にはその全部を書かなくてもいいのですが、読者は書かれていない部分を補完しながら読んでいます。
その補完の流れと、文章に出てくる会話のタイミングが少しズレると、読者は、何か変だと感じます。
これは生成AIが文体を真似できるかどうか、という話だけではありません。小説を読む時、人間は場面の順序をかなり細かく組み立てている、という話です。
匂いの順番|雨上がりなら何を先に感じるか
店を出ると、風が少し冷たかった。二月も終わりに近いが、夜になるとまだ冬の匂いが残っている。
ここだけなら、早春の夜として成立します。僕だったら、多分、どちらかが手袋をつけるコートのボタンを掛けるとかそういう小道具を出して、店内との寒暖差から、寒さを想像させると思います。
匂いの話に戻りましょう。後でこのような描写が出てきます。
昼間に少し雨が降っていたらしく、道路の端がまだ濡れていた。街灯が反射して、薄く光っている。
昼間に雨が降っていたのなら、店を出た時点で、冬の匂いより先に雨の匂い、濡れたアスファルト、湿った冷気に気づくのではないか? そう感じました。夜まで仕事していた場所によっては、退勤時までで分かることなのではないか? とかも思います。
小説では、感覚の順番がかなり重要です。読者は、文章を意味だけで受け取っている訳ではありません。店を出る、風を受ける、匂いを感じる、地面を見る、光の反射に気づく。そういう順序で、場面を身体的に受け取っています。
後から雨の情報が出てくると、最初に提示された「冬の匂い」と少し競合します。冬の匂いが悪い訳ではありません。雨上がりの夜なら、まず湿度が読者に届くのではないか。いつぐらいから降って、いつやんでいたのかは分かりませんが……。
ここでズレると、読者の感覚進行が少し止まります。
光の描写|読者が既に受け取ったものを説明していないか
スーパーの明かりから少し離れると、歩道の端が暗い。
この時点で、読者は既に夜の明暗差を受け取っています。
スーパーの明かり、そこから離れる歩道、暗くなる端。この一文だけで、光源と闇の関係は立ち上がります。
その後で、
昼間に少し雨が降っていたらしく、道路の端がまだ濡れていた。街灯が反射して、薄く光っている。
と書かれると、また光の説明が追加されます。特に「昼間に少し雨が降っていたらしく」は、状況説明として強いです。状況説明であると同時に、どこで働いている二人なのか分かりませんが、昼間に雨が降っていたことを知らなかった、という情報も得られますね。
読者が知りたいのは、雨が降ったという事実ではなく、夜道の湿度や光の質なのではないでしょうか。
道路の端が少し光っていた。くらいでも成立するかもしれません。
ここでの問題は、描写が多いことではありません。読者が既に受け取った感覚を、作者がもう一度説明してしまっていることです。
描写以外にも、首を傾げたくなる部分があります。
関係性の要約|「大体こんな感じ」はまだ早い
二人で会う時は、大体こんな感じだった。
どちらかの家へ行って、適当に何かを作る。テレビを流して、途中から見なくなる。終電を気にするほど遠くもないので、帰ろうと思えばいつでも帰れる。
そういう距離だった。
「二人で会う時は、大体こんな感じだった」という文は、関係性をまとめる文です。この時点で読者はまだ、その「こんな感じ」を十分に受け取っていません。鍋にするかどうかの短いやり取りがあっただけです。会話の温度、沈黙の質、距離感、習慣……。
この文を効かせるには、本来なら先に描写が必要です。会話が途中で途切れてもどちらも困らないとか片方が勝手に冷蔵庫を開けるとかテレビをつけても、途中から見ていない……。そういう細部を読者が受け取った後なら、「大体いつもこうだった」は効きます。
読者が先に感じる。その後で作者が軽く確認する。この順番が重要です。
生活圏の輪郭|終電、徒歩、深夜という時間帯
終電を気にするほど遠くもないので、帰ろうと思えばいつでも帰れる。
ここも意味は分かります。
ただ、駅前のスーパーが二十四時まで営業していること、夜に買い物をしていること、女性二人で歩いていること、終電を気にしなくていいことが重なると、以下のようなことを推測できるのではないでしょうか。
二人の家は徒歩圏なのか、電車で数駅なのか、タクシーで帰れる距離なのか、片方が帰るとなると、深夜に女性一人で歩くことになるが大丈夫なのだろうか。
「終電を気にするほど遠くもない」と「帰ろうと思えばいつでも帰れる」は、似ているようで距離感が違います。
前者は、電車や交通機関の距離を感じさせます。後者は、徒歩やタクシーで帰れる近さを感じさせます。
深夜の女性二人という条件が入ると、どちらかが一人になって帰る時のことを考えられます。
小説の読者は、人物の生活圏をかなり細かく補完しています。何時に、どの街を、どれくらいの距離で歩くのか。そこが曖昧だと、関係性の距離まで曖昧になります。
信号の描写|身体の停止と会話の停止
横断歩道の信号が赤で、美咲が立ち止まった。
この文は意味としては通ります。信号は元々赤だったのか、歩いている途中で赤に変わったのかが曖昧です。
どちらでも良いかもしれませんが、どちらでもいいことではないように思います。
最初から赤だったのならば、二人は自然に止まります。青から赤に変わった直後なのであれば、動きが途中で止められます。小走りになったり、早歩きになったり、動作主の性格や考え方が少しですが見えてきます。
直後にはこう続きます。
「今日、会社でさ」
と言ってから、少し黙った。
美咲が何かを言い出しかけて、止まっています。ならば、信号も、渡ろうとしたところで赤に変わった方が、動作と心情が重なります。
身体の停止と、会話の停止が重なる。
外側の動きが、内側の躊躇を受け止める。
赤信号は単なる背景ではなく、会話の間として働きます。
生成AIの文章では、信号、会話、沈黙がそれぞれ置かれていました。それらが十分に結びついていません。
小説では、情景は背景ではありません。人物の感情や会話の間と接続している時に、強く働きます。
次に、会社の話です。
退職の話|仕事の輪郭が足りない
「今日、会社でさ」
と言ってから、少し黙った。
車が二台通り過ぎる。
「また辞める人いるらしい」
雰囲気はあるように見えます。ただ、「会社でさ」から「また辞める人いるらしい」へ行くには、少し足場が足りません。「車が二台通り過ぎる」と間を作るように置いていますが、効果が薄いように見えます。
会社で聞いたのか、同僚から聞いたのか、本人から聞いたのか、噂なのか。読者はそこを補完しようとします。
「今日、会社で聞いたんだけど」とするだけで、情報の経路ができます。これは説明を増やすというより、補完の足場を置くことです。
省略していい情報と、省略すると読者が浮く情報があります。退職の話が社会的な情報なので、どこから来た話なのかが少し必要になります。
「また辞める人いるらしい」という会話が出た瞬間、読者は仕事のことを考え始めます。どんな会社なのか、離職率が高いのか、三月だから人が動くのか、美咲は疲れているのか、由佳も同じ業界なのか、同じ会社なのか、同業他社なのか、学生時代の友人なのか、元同僚なのか……。
この会話は、単なる雑談ではありません。労働環境、生活時間、将来不安を連れてきます。職業や働き方の輪郭がまったくないと、読者は少し宙に浮きます。
「何の仕事をしているのか」を説明しろということではありません。退職の話を出すなら、生活の輪郭が少し必要になります。読者は、人物の仕事を知りたいというより、その人物がどんな生活や暮らしをしていて、どのような人物なのか知りたいわけです。
情景描写のタイミング|誰の感覚として見えているのか
昼間に少し雨が降っていたらしく、道路の端がまだ濡れていた。街灯が反射して、薄く光っている。
この描写は、「今日、会社でさ」と「また辞める人いるらしい」の間に近い場所で機能させるなら、会話の間を作るためのものだったのだと思います。
会話が止まる、車が通る、夜道が見える。その後で、退職の話が出る。
構造としては分かります。描写の内容が少し説明的です。ここに置かないといけない描写という必然性が低く、もっと前の段階で置いても自然なように思えます。
「昼間に少し雨が降っていたらしく」は、情景というより、状況説明です。会話の沈黙に必要なのは、雨が降ったという事実ではなく、その瞬間に二人が何を見ているか、何を感じているかです。
道路の端が街灯を薄く返している、車のタイヤが濡れた音を立てる、美咲が言いかけたまま、信号の向こうを見ている。そういうものなら、会話の間と結びつきます。
問題は、情景描写があることではありません。その情景が、誰の感覚として置かれているのかが薄いことです。作者のカメラが外から撮っているように見えると、読者は人物の内側から少し離れてしまいます。
春への移行|主題へ行くのが早い
由佳は歩きながら、今年もまた春が来るのだな、と思った。
別に嬉しい訳ではない。
冬が終わることに、特別な感情もなかった。
ただ、気づけばまた季節が動いていて、自分達は去年と似たような場所を歩いている。
そのことだけが、少し可笑しかった。
ここは、作者が主題へ行きたがっている箇所です。三月、退職、春、去年も同じような場所……。この連想は分かります。会話や展開の流れから見ると、由佳がこの思考へ行くための橋がまだ薄い。急とすら思います。由佳という女性は真面目に話を聞かない人物なのかな? と感じたりします。
「また辞める人いるらしい」と聞いた直後、読者はまず美咲の会社や仕事の空気を読もうとします。その段階で、急に「今年もまた春が来るのだな」と大きな季節の主題に入ると、作者が先に意味づけを始めたように見えます。生成AI特有の、与えられた早春というワードを分かりやすく読者に提示し、物語のテーマですよと分からせようとしている気配すら感じ取れます。
読者はまだ、会話を処理しています。会社の話を聞いています、美咲の言い方を見ています。そこへ作者が「春」、「季節」、「去年」を持ってくる。何がしたいのかよく分かりませんね。
さらに、
別に嬉しい訳ではない。
冬が終わることに、特別な感情もなかった。
ここは感情整理です。
由佳がどう感じていないかを説明しています。小説では「感じていない」ことを説明すると、かえって感情が前に出ることがあります。読者がまだそこまで感じていない段階で、人物の内面が整理されると、読者は作者に案内されているように感じます。
本来なら、退職の話、濡れた夜道、去年も似た話を聞いた気がする、くらいで春の停滞感は立ち上がります。
読者が先に感じる。その後で、少しだけ言葉にする。ここでも、順番が問題になります。
二回目の文章
一回目の指摘を踏まえて、「読者のことを考えて」もう一度書いたものです。一回目と同じように全文を掲載しておきます。
スーパーを出ると、少し雨の匂いが残っていた。
昼間に降っていた雨はもう止んでいたが、駐車場の端にできた水溜まりが、街灯をぼんやり返している。
「白菜、半分で足りる?」
と、美咲が言った。
「足りるんじゃない」
由佳は答えながら、エコバッグを持ち直した。
店内で決めた通り、今日は鍋にすることになった。豆腐と豚肉、それから缶ビールを二本買った。
駅前のスーパーは二十四時まで開いている。
仕事帰りに待ち合わせて、そのままどちらかの家へ行く時は、大体ここを使った。
横断歩道へ向かいかけたところで、信号が赤に変わる。
「あ」
と美咲が小さく言って立ち止まった。
車が二台、続けて通り過ぎていく。
「今日、会社で聞いたんだけど」
美咲は前を見たまま言った。
「また辞める人いるらしい」
由佳は少しだけ間を空けて、
「今の時期、多いね」
と返した。
三月が近づくと、毎年誰か辞めていく。
異動の話が出て、転職した人間の名前を聞いて、気づけば春になっている。
去年も似たような話を、この信号の前で聞いた気がした。
青に変わって、二人は横断歩道を渡る。
歩きながら、美咲が、
「まぁ、私もいつまでいるか分かんないけど」
と言った。
由佳は少し笑った。
「前もそんなこと言ってたじゃん」
「言ったっけ」
「去年」
美咲も少し笑う。
道路の端に残った水溜まりを避けながら、由佳は、この人といると毎年同じような春が来るのだな、と思った。
別に悪くはなかった。
二回目の文章で引っ掛かった箇所
局所修正はできているが、読者の感覚進行までは持てていない
スーパーを出ると、少し雨の匂いが残っていた。
昼間に降っていた雨はもう止んでいたが、駐車場の端にできた水溜まりが、街灯をぼんやり返している。
「白菜、半分で足りる?」
と、美咲が言った。
「足りるんじゃない」
由佳は答えながら、エコバッグを持ち直した。
店内で決めた通り、今日は鍋にすることになった。豆腐と豚肉、それから缶ビールを二本買った。
これは一回目より自然です。雨の匂いが先に来ています。鍋にすることも店内で決めたことになっています。
「白菜、半分で足りる?」なら、スーパーを出た後の会話としても成立します。
これらの描写は指摘された箇所を局所的に修正しただけです。読者の感覚進行を本当に内側に持っているというより、前回の不自然さを回避した文章です。
仕事帰りという情報が呼び込むもの
駅前のスーパーは二十四時まで開いている。
仕事帰りに待ち合わせて、そのままどちらかの家へ行く時は、大体ここを使った。
ここで読者は、二人の仕事について考えるのではないでしょうか。二十四時まで開いているスーパーを使うということは、かなり遅い時間に仕事が終わるのか、仕事帰りに待ち合わせるということは、二人とも同じような時間に働いているのか、遅い時間まで仕事をする職業なのか、シフト制なのか、残業が多いのか業界的に遅いのか……しかも、この後に退職の話が出ます。
そうなると、読者はさらに仕事の輪郭を探ります。退職の話に敏感になるからです。夜遅くに会う、仕事帰り、退職者が出る。この三つが揃うと、単なる夜の生活感ではなく、労働の重さが出てきます。
仕事の輪郭がないまま退職の話を出すと、読者は、この二人はどんな働き方をしているのかと考え始めます。その補完に必要な情報が不足していると、会話が少し浮きます。
退職後の説明|読者がもう補完していること
「また辞める人いるらしい」
由佳は少しだけ間を空けて、
「今の時期、多いね」
と返した。
三月が近づくと、毎年誰か辞めていく。
異動の話が出て、転職した人間の名前を聞いて、気づけば春になっている。
去年も似たような話を、この信号の前で聞いた気がした。
説明が重なっていますね。
「また辞める人いるらしい」
「今の時期、多いね」
このやり取りで、読者は既に三月、退職、異動、春前の人の流動を補完しています。
そこへ改めて、
三月が近づくと、毎年誰か辞めていく。
と書くと、読者がもう受け取っているものを作者が説明してしまいます。
さらに、
異動の話が出て、転職した人間の名前を聞いて、気づけば春になっている。
ここは、一般化された説明です。
今この場の二人から、季節の一般論へ移っています。もちろん、それ自体は書けます。
読者はまだ信号の前にいます。夜道にいます。
美咲の「また辞める人いるらしい」を聞いたところです。
その具体的な場面から離れて、作者が意味をまとめに行くのが少し早いように感じられます。
去年も、この辺りで同じ話を聞いた気がした。くらいで十分かもしれません。
読者はそこから、毎年春前に人が辞めること、この二人が似た会話を繰り返していることを補完できます。
末尾の感情|「別に悪くはなかった」を受け取る準備
道路の端に残った水溜まりを避けながら、由佳は、この人といると毎年同じような春が来るのだな、と思った。
別に悪くはなかった。
「別に悪くはなかった」は、一文としては悪くありません。使い方次第では強い文です。強い肯定ではなければ、否定でもない。少しの安心、少しの諦め、少しの停滞、少しの親しさが混じっています。
この一文を読者が受け取るには、そこまでに由佳がそう思う理由や描写が必要です。
この人といると毎年同じような春が来る。
それが別に悪くはない。
そう思うには、読者側に蓄積が必要です。二人が毎年似たような会話をしていること、でも会わなくなる訳ではないこと、鍋を作ることが特別ではないこと、会話が途切れても平気なこと、退職や春の話を共有できる程度には近いこと、でも深く踏み込む訳ではないこと。そうした関係性が読者の中に積まれていれば、「別に悪くはなかった」は効きます。
その蓄積が薄い段階で置かれると、感情の結論だけが浮きます。問題は一文そのものではありません。その一文を受け取る準備が、読者の中にできていないことです。
小説をどのように読んでいるのか
ここまで見てくると、違和感はかなり多いです。800字程度の文章で1o箇所程度。多いのか少ないのかは分かりませんが、細かい粗探しをしたかったわけではありません。人間が小説をどう読んでいるのかを示しているのではないでしょうか。
読者は、文章を意味だけで読んでいません。人物がどの順番で行動したかを読んでいます、匂いや湿度の順番を読んでいます、光の出方を読んでいます、会話の前後関係を読んでいます、二人の距離を読んでいます、街の安全性を読んでいます、仕事の種類を読んでいます、その話を今する理由を読んでいます、作者がいつ意味づけを始めるかを読んでいます。
そして、最後の一文を受け取るだけの感情が自分の中に蓄積されているかどうかを、無意識に判断しています。
小説を読むとは、文章を追うことではありません。読者の頭の中で、世界を組み立てることです。その世界には、書かれていないものも含まれます。店内で何を話したのか、雨上がりの匂いはどうだったのか、二人は何時まで働いているのか、帰り道は危なくないのか、美咲はなぜ退職の話をしたのか、由佳はそれをどの程度自分のこととして聞いているのか。そうしたものを、読者は書かれていないまま補完します。
だから、書かないことは大切です。書かないことがすべて余白になる訳ではありません。
読者が補完できるものは余白になります。
読者が補完できないものは空白になります。
この違いは大きいです。生成AIの文章が引っかかるのは、しばしばこの境界です。それっぽい要素は並んでいると思います。こういう要素で僕が書くことは有り得ることです。
夜、スーパー、雨、退職、春、沈黙、女性二人。
読者がそれらをどういう順番で受け取り、どこで補完し、どこで疑問を持つかまでは、十分に追えません。意味は通りますが、読者の感覚は止まります。
読者がまだ受け取っていないものを要約してしまいます。読者がもう補完したものを説明してしまいます。読者が生活の足場を求めているところで、雰囲気だけが出てきます。読者が会話の重さを読み始めたところで、職業や生活の輪郭が足りません。
生成AIが苦手なのは、単に文体模倣ではありません。読者の内部で何が進行しているかを持ち続けることが弱いです。
読者は今どこにいるのか、何をもう知っているのか、何をまだ知らないのか、何を感じ始めているのか、何を感じる前に作者が説明してしまっているのか。そこを追う必要があります。
この感覚を、読者の感覚進行と呼んでもいいかもしれません。
小説を書く時、作者は文章だけを書いている訳ではありません。読者の内部で、何がどの順番で立ち上がるかを設計しています。何を先に見せるか、何を後に回すか、何を言わないか、何を一文だけ置くか、どこで沈黙させるか、どこで説明するか、どこで説明しないか……。それらの判断の積み重ねが、文体になります。文体とは、語尾や語彙だけではありません。
読者に何を、どの順番で、どこまで渡すか。その判断の癖でもあります。生成AIに自分の文体を真似させてみて、むしろそのことがよく分かりました。
文章の表面は、かなり真似できます。短い文、静かな会話、夜の描写、感情を言い切らない語り、生活感のある小道具……。それらは再現できます。
ですが、読者がその文章を読んだ時に、何をどこまで補完し、どこで引っかかり、どこで感情が立ち上がるのか。そこまで考えるのは、かなり難しいようです。
そして多分、小説を書くことのかなり大きな部分は、そこにあるのだと思います。
僕だったら、どう書くか
生成AIが出力した僕らしいものを読んで、僕だったらどう書くのだろうかと考えました。即興です。生成AIが出力して、色々とやり取りをした数時間後に、僕も書いてみるか、となりました。
早春、夜、女性二人、800字程度という条件で、同じようなものを書いたのを以下に掲載しておきます。
一回目の文章
「何にする?」
「鍋じゃない? やっぱり」
美咲はそう言って、半分に切られた白菜やパックに小分けにされた豆腐や豚肉をカゴに入れる。
「やっぱり?」
由佳が後ろを追いかけながら疑問を口にすると、歯切れの良い言葉が返ってきた。
「ビールと一緒でも罪悪感少ないじゃん」
缶ビールが二本まとめて入れられる。由佳の鼻先には、キムチや味噌の香りが漂っていたが、美咲は違うらしい。
二人で飲んだ夜には、こういうことが度々ある。仕事終わりに合流し、終電までに最寄り駅に帰ってきても余裕がある。二十四時まで営業しているスーパーは、二人の家から近く、酔いが覚めた頃によく足を運んでいる。
看護師という職業は、残業や待機時間が多い出版社勤務の由佳とはまた違った忙しさがあるようだ。ストレス解消に酒を飲むことを好むのが似ているのは、良かった。
スーパーを出ると、冷たい風が二人の間を流れる。美咲は手袋をはめ、由佳はコートのボタンを留めた。ほんのりと熱を帯びていた頭にだけ、夜風は心地良い。
二人は真っ直ぐ、帰路に着く。昼から降り続けていた雨は今ではもうやんでいたが、路面を濡らし、艶やかな光を周囲に投げていた。横断歩道の先で、赤い光が灯っている。美咲は足を止めた。由佳も足を止めた。
美咲の声が、夜を割く。
「また退職だって」
「この時期、多いね」
「再就職も簡単だしね」
信号が青に変わった。由佳が足を止めていると、先を歩く美咲が、声をかける。由佳は彼女の背中を追いかけながら、
「それ、去年も言ってたね」
と声をかけた。美咲は笑った。
「え、本当?」
同じような夜だったかは由佳は、はっきりと覚えていなかった。けれども、こんなふうに話した記憶だけはあった。この人と同じように春を迎えるのだと思ったことを覚えている。
「まぁ、私もいつまでいるか分からないね」
「それも言ってた」
美咲は笑った。
「言ってた?」
「うん。去年ね」
由佳は美咲と並んで帰りながら、この人といると同じような春を迎えるな、と思った。悪い気はしなかった。
一回目の振り返り
二人の職業の説明を地の文でしている。読めなくもない部分ですが、会話にまとめた方が自然かもしれません。
後半を生成AIが書いたものに寄せました。普段でしたら、おそらく多分ですが、もっと書かないという選択肢を採るような気がします。
800字程度に収めるというところに集中してしまっているので、強引にまとめてしまっている感が否めません。
……生成AIも二回書いているし、僕も二回書いた方が良いよなという精神で、書きます。
二回目の文章
「やっぱり鍋でしょ」
美咲はそう言って、半分に切られた白菜やパックに小分けにされた豆腐、少量の豚肉を買い物かごに入れる。
「やっぱり?」
由佳が後ろを追いかけながら疑問を口にすると、歯切れの良い言葉が返ってきた。
「ビールと一緒でも罪悪感少ないじゃん」
缶ビールが二本まとめて入っていた。由佳の鼻先には、キムチや味噌の香りが漂っていたが、美咲は違うらしい。
缶チューハイが買い物かごを揺らす。
「明日大丈夫なの?」
「多分?」
「大変ね看護師って」
「そっちも作家とか漫画家とかの相手だし大変でしょ」
「こっちは、スマホとかタブレットあればまぁ……大変のベクトルが違うじゃない」
「そんな難しいこと言わないで」
二人で飲んだ夜には、こういうことが度々ある。仕事終わりに合流し、終電までに最寄り駅に帰ってきても余裕がある。二十四時まで営業しているスーパーは、二人の家から近く、酔いが覚めて飲み足りない時によく足を運んでいる。
スーパーを出ると、冷たい風が二人を迎える。ほんのりと熱を帯びていた頭や頬に心地良い。由佳の頬が微かに緩む。
美咲は由佳のことを気にせず、手袋をつけ、マフラーを厳重に巻き、もう先を歩いていた。由佳はコートのボタンを全て留めて、彼女の後ろを追いかける。
昼から降り続けていた雨は今ではもうやんでいたが、路面を濡らし、艶やかな光を周囲に投げていた。横断歩道の先で、赤い光が灯っている。美咲は足を止めた。由佳は追いつき、足を止めた。
美咲の声が、夜を割く。
「そういえばさ、また退職だって」
「この時期、多いね」
「そっちは?」
「こっちは異動とかだね。配置換え」
「まぁ、そうなるか」
信号が青に変わった。由佳が足を止めていると、先を歩く美咲が、青だよと声をかける。由佳は、うんと返して、歩き出す。並んだ時、美咲が言った。
「まぁ、私もいつまでいるか分からないかな」
「それ、前も聞いたよ」
美咲は笑った。
「言ってた?」
由佳も笑った。
「うん。去年ね」
この人といると同じような春を迎えるな、と思った。悪い気はしなかった。
二回目の文章の振り返り
新たに書き足したというより、地の文での説明を減らして、会話にまとめた部分が多いです。ただ、それでも、末尾が急すぎる感が否めませんね。全体的に字数が足りないので、削ることをメインとしました。
全体的に会話で関係を読ませていて、それで良いかもしれないけれど、もっと描写しても良いのでは……? と思います。美咲や由佳という女性の設定をしっかり練れてないので、どういう描写を加えれば、彼女達がより活き活きと、一人の人間として読者が感じるのか曖昧ですね。
周りは季節が過ぎ、時間が流れるのに、この人といると同じような春を迎える、というのは良いテーマだと思います。僕自身、書きそう〜って思いました。
結論|これは一本の短編になるかもしれない
もうこれ一本の短編として、一万字ぐらいまで膨らました方が面白くなるのでは?
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